やぶにらみ論法「褒めちぎる」(109)  堀田義夫   

  やぶにらみ論法「褒めちぎる」(109)   

 連日35度~40度近い猛暑が続く中、昨日、浜口タカシ君が他界した知らせを受けた。長いつきあいと私と同い年だったことからショックだった。

 「人間いつかは終わりが来る 前進しながら終わるんだ」と詠った坂村真民さんの詩を実践した行動力ある写真家だった。残念だが仕方ない。

 丁度その日は、写真仲間との会合に参加していた。そして話題にされたことは「キミは近頃、人を褒めすぎじゃないか、昔のキミを知っている人たちはその変節ぶりに驚いている」というのだ。

 人間は経験を重ねれば、考え方も変わる、変わらなければ成長はない!と思っているから、そうした指摘に痛痒を感じない。しかし少し言い訳したい。

 テレビを見ていたら「褒めちぎる教習所」という番組で、ある自動車学校のことが紹介されていた。

 昔は自動車教習所の教官は意地が悪くて威張っていた。ところが最近は若者の車離れや社会構造の変化でどこの教習所でも経営に苦しんでいる。そこで他社との違いを打ち出すことを検討した結果、冒頭の「褒めちぎる教習所」というポリシーを打ち出しすことにしたという。

 教えることは欠点を指摘して直させるのではない、良いところを見つけて「褒めちぎる」ことだと実践した。生徒はやる気を持ち、教官の好感度はアップし、業績が上がったという内容だった。

 NHKテレビの「チコちゃんに叱られる」という雑学クイズ番組で、「ボヤーと生きてんじゃねーよ!」という台詞が出てくるが、まったくその通りで考えれば、教わる側の立場に立って考えれば、発想はまったく変わってくる。

 写真の趣味だって同じ、私も若かった頃は相手の欠点を指摘して、自分の知っていることを押しつけてきた。

 考えれば、欠点を指摘されれば、相手は萎縮する。 その結果、お前さんなんかには言われたくない!、あるいは大きなお世話と思う人もいる。

 逆に褒められれば相手は心安らぐだろうし、自信も持つ、そして更に努力する。結果的には、好循環を手にできると気づいた。

 そしてこの褒めちぎることにチョッとコツがあることも覚えた。それは「つぶやき褒めだ」。わざとらしさを感じさせずに、素直に受け取られるために、必要なテクニックだと知った。

 褒めるには、作品をよく見て理解しないと、どう褒めて良いかわからない。

 写真クラブなどで指導する人たちの姿を見ると、自分の「好き・嫌い」といった印象で指導している人がいる。そうした人の話には内容が伴わない。

 褒める姿勢を持てば作品をじっくり見て、相手と同じ視点に立てるように思う。

 この反語に「褒め殺し」という言葉がある。褒められてその気になり天狗になって、人生を誤ることだ。しかしそれは仕方がない。それは、その程度の器量しか持ち合わせない人であり、教える人の責任として押しつけられものではない。

 たかが写友と酒の席の雑談をテーマに本稿をまとめた。チコちゃんに叱られないように、「ボヤー…」としないで些細なことだが、テーマとした。

 いま私は「きょういく」と「きょうよう」を自分に課して日々生活している。

 即ち「今日も行くところがある」「今日は用事がある」と人との出逢いを楽しみ、頑張っているのだ。 
                    糸屋

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by yumehaitatu | 2018-09-01 12:00 | やぶにらみ | Comments(0)

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