カテゴリ:やぶにらみ( 82 )   

やぶにらみ論法 「パクリの勧め」 (92号) 堀田義夫   

やぶにらみ論法 「パクリの勧め」 92号)

最近のニュースで気になる出来事があった。それは2020年に開催される東京オリンピックに使われる予定だったエンブレムがパクリ(模倣・剽窃)という疑念を持たれて、白紙撤回されたことである。

 佐野某というクリエーターはテレビ局のインタビューに「わたしはアーチストとして、いままで一度もパクリなどやったことはない!」とコメントをしていた。それを聞いてわたしは、この人はバカか?と思った。

 わたし自身、作品を作るとき、無意識のうちに既視感(いつかどこかで見た)が働く。人間の持っている感覚、知性、といったものは生まれたときからあるのではなく、伝統から学んで身につけたものの筈だ。

 だから、ものを作り出すと言うことは厳密な意味では、模倣を前提に進化や変貌を遂げてきたと思っている。

 パブロ・ピカソですら「芸術に進化はない。あるとすれば、バリエーションである」と言って、自身の作品の変遷には、周辺の作家たちから影響を受けたと認めている。

 それに関わるエピソードとして、モンパルナスの丘をピカソが散歩する時間になると、多くの画廊が店のシャッターを下ろしてしまうのだそうだ。

 理由は、画廊主が有能な作家を育て店に飾ってある作品を、ピカソには見せたくないからだ。なぜなら店に飾った新人の作品をヒントに、ピカソが一歩先の作品に仕上げて発表されたらそれまでの苦労が水の泡になってしまうからだというのである。

 世界的な版画家であり、芥川賞作家でもある池田満寿夫氏は、「すべての創造は模倣から出発する。その創造のための模倣が、創造的模倣でなければならない」と言い、優れた芸術家の仕事はその盗み方に創造の秘訣、あるいは独創性が隠されている。すなわち、天才は天才的に模倣し、剽窃すると言っているのだ。

 情報社会が進化したいまでは、隠されていたいことまで瞬く間に発掘されてしまう。その点では、佐野某氏は、模倣の手法が幼稚すぎたとわたしは思う。

 わたしの旧著「写真三昧50年」に、模倣万歳という一項を載せているが、「文化」というものは、物まねを通じて受け継がれていくものだ。その段階で、独創性を開花させればいいと書いている。

だが、ここで視点を変えて考えてみると、自分の頭の中で想いあぐんでいて、そのアイデアが固まらないうちに、完全ではないにしろ自分のアイデアと同類のことを一足先にやられたときは、がっかりする。

 あるいは同じようなことを両方で知らないうちにやっていたという場合もある。自分がやりつつある計画やスタイルを、後ろから走ってきて、こちらの計画を土台にして新しく発展させてしまう場合もある。模倣され、盗まれたときの苛立ちは図りきれないものがあろう。そうしたねたみや恨みが、訴訟問題に発展してしまったとも言える。

 だが、藤田嗣治は自伝の中で、ピカソが自分の作品の前に30分も立ち止まっていた、彼は自分から盗んだと、反対に盗まれる喜びの声を上げている。そうした寛容さはあっていいと思うのである。

いろいろの考え方があるだろうが、わたしはパクリを勧め、自分でも積極的に実践している。
f0018492_22282202.jpg

by yumehaitatu | 2015-11-07 17:00 | やぶにらみ | Comments(0)

堀田義夫のやぶにらみ論法91   

やぶにらみ論法 「○○権への疑問」 (91号) 2015/08/04
 近ごろは肖像権やら著作権とか騒がれるので写真が撮りにくい。もう10数年前の話だが、撮影会で新開発された海老名の駅周辺を写そうと訪れた。新装なった商店街でカメラを構えていたら、警備員が飛んできて「撮影はだめだ!」というのである。そんで何でダメなのか聞いたら、店のショーウインドーが写るからだというのである。
 なるほど、ショーウインドーはデザイナーの作品でもあるので、著作権があるのかも知れない。そこで私は、「新しくなった海老名の町を写しにきた。都市の時代と共に移り変わる様子を記録しているのだ。もし写真に写っていけない店があるなら、ブルーシートかシャッターで目隠ししてくれ!」と頼んだ。警備員はすごすごと立ち去った。
 また、観音崎に撮影に行ったときのことである。汀に幼児の履き物が散乱していた。察するに幼稚園の遠足なんだろうと思いながら、その情景を撮影していた。
 そこに先生に引率されて園児たちが帰って来た。先生は園児を並べて記念写真を撮り始めた。その情景にカメラを向けた途端。別の先生が飛んできて、「写してはダメです! 」と黄色い声で叫ばれた。
 理由を聞くと、肖像権が犯されるからだというのである。そこで私は言いました。「我々は脱ぎ捨てられた履き物に興味があって撮影していた。そこにあなた方が帰ってきて、並んで写真を撮り始めたんじゃないか。ここはあなた方が借り切っているプライベートビーチじゃないんだから、そんなところに並んじゃダメと、怒鳴りたいのはこっちなんだ」と。若い女の先生は不満そうな顔付きではあったが黙ってしまった。
 知り合いが、あるコンテストに写真を投稿したら入賞して、新聞に掲載された。本人は喜んでいたのも束の間、数日後にあるところから電話がかかってきて、「俺の店と看板が写っている。挨拶があっていいだろう」と凄まれたというのです。
 きっとコンテストで賞金をたんまりせしめたんだろうから、そのわけ前をよこせという魂胆だったんだろう。
こうなるともう「たかりの権利」を主張されているようなものである。
 写真は特別なものではない、目に見えたものは写るんです。ディスプレーの意匠を盗用する目的で撮影する、あるいは、誘拐目的で幼児を写した、または、その店を陥れるために撮った。ということでなければ、仮に裁判沙汰になっても負けることはありません。堂々と写真を写しましょうよ。
最初に撮った写真
f0018492_1964027.jpg

肖像権を侵したと叫ばれた写真
f0018492_197272.jpg

by yumehaitatu | 2015-09-05 17:04 | やぶにらみ | Comments(0)

やぶにらみ論法(90) 「気づきを体感」 堀田義夫   

やぶにらみ論法 「気づきを体感」

  最近、ある市民展の審査を依頼され、表彰式にも出席した。そしていろいろのことに気付かされた。

 審査が始まる前に主宰側から、「市民展なので、専門的な技能を駆使した作品が有利だという印象を与えない配慮がほしい」という要望を聞かされた。

 そうした要望の意味がよくわからないので、「どういうことか」質問したら、「過度にレタッチした作品」は受賞の対象から外してほしいというのだ。一般的な公募展と違って市民中心の文化活動なので、高度な芸術性より、市民が親しめるものであって欲しいという思いからなのだろう、理解できなくもないが、一般的には気付かないことだった。

 公開審査なので、関係者以外にも多くのギャラリーがいた。これも気がつかなかったことだが、相方の審査員と共に、つぶやきながら 審査が終わって入賞作品が決定した。

 表彰式後の懇親会で、役員の一人が「先生がきれいだなー」といっていたので、もう少し上位の賞に入るのかと思っていたが、チョットがっかりしました」と愚痴られた。

 また、「審査中に先生が、何度もわたしの作品の前に足を止めるので、もしかしたら…と期待していましたが、入賞できて嬉い」といっていた人もいた。

 中には、絶対だと思っていたのに、最終段階で、「先生が、よく撮れているが、そのまんまだなー」といわれて上位入賞にならなかったのは、残念!と嘆いていた人もいた。気付かないとはいえ、不用意な発言だったと反省する。

 私が「きれいだなー」といったのは、撮影という技術的なことが要求されたフィルム時代の価値観で、ピントがよい、露出が合っている、色がきれいだ。といったことはデジタル化したカメラや周辺機器の進化で、いまではきれいな写真はフォーマット化され、誰でも写るようになっている。だから、いままでと違って、 技術比べの評価価値は低下せざるを得ないとわたしは考えていたから言ったのである。。

 また、「いい作品だが、チョット弱いネー」 と思ったことを口にしたら、立ち会いの役員の人から「弱いネー」というのはどういう意味ですか?という質問も受けた。

 作品を審査するということは、他の作品と比較して決めるので、沢山の作品の中から、審査員の心をつかむのは最初の印象が大きい。経験的な観点からいえば、二秒か三秒といった瞬時のうちに、いいか悪いかを判断しているのである。そうした印象が脳裏に刷り込まれてしまう。そのためには、他の作品との違いを印象づけることが重要だ。だから私は、周辺の写真仲間に「写真三秒説」という持論をしゃべり、「ナンバーワンを競い合うのではなく、他の作品とは違うオンリーワンの作品」を作ることに努力すべきだと言い続けてきた。

 「写真になりそうな場面に出会ってシャッターを切っただけ」といった写真は、その場の状況は判るが、作者の感動が読めない。そうしたものは、写真ではあっても作品とはいわない。

 知り合いの写真家に、「作品から作者のメッセージが聞こえるか! 感動が伝わってくるか? それがなければゴミだ!」 といった男がいる。私も作品の評価をそこに置いていることを実行したり話をしたりしていた。後になって考えれば、選者の立場と出品者の感想などから、気づくことの難しさを体感した。
f0018492_22240539.jpg

by yumehaitatu | 2015-07-04 18:00 | やぶにらみ | Comments(0)

堀田義夫の「やぶにらみ論法」(89) 師を想う   

堀田義夫の「やぶにらみ論法」(89) 師を想う 201548

 写真に興味を持ったのが1948年(昭和23年)、町のDP屋(写真の現像・焼き付けをするお店)に出入りする人たちが集まった同好会に入会した。本格的に写真をやろうと思ったのは1953年(昭和28)瓢蟲社の発足からです。

 1957年(昭和32)東京写真研究会に入会して、赤穂英一先生を知った。振り返ると、いま私の作画の根本的な姿勢は、この先生との出逢いで目覚めたといえます。ありがたい存在でした。

 東京写真研究会というのは、明治40年に創設された日本で現存する最古の写真団体です。この団体は明治37年、前身のゆふづつ社からピグメント印画による作風を指向するアマチュア育成を目的に作画研究団体として創立されました。はじめから趣味の写真というか、写真を楽しむという風潮がありました。

 赤穂先生は、1981(昭和56)に吉川富三先生の後を継いで、東京写真研究会の会長に就任されました。日本のピクトリアリズム巨匠・高山正隆の従兄弟、歌舞伎の市川猿翁の義弟です。

 その先生から、アマチュアリズムの精神論をいつも聞かされて、学んできました。そうした中で、いまでも心に残る教えがあります。

【赤穂語録】

* リアリズム写真は、報道写真家でもなければアマチュアには難しい。素材さえよければ、それが 写真になるなんて考えでやっている写真は、リアリズムとはちがう。

* 写真は、向こうにあるものを撮るより、自分の気持ちの中にあるものを向こうの力を借りて表現する。

* 写真を“写す”というよりも写真を“作る”という感じで、自分の持っている内面的なものを表現する工夫を考える。

 写真評論家の岡井耀毅氏の「日本列島写真人評伝」によれば、1947(昭和22)焼け野原だった銀座の赤穂邸に集まってきた当時の銀竜社同人25名は次のメンバーである。

 秋山庄太郎・林忠彦・桑原甲子雄・田村栄・秋山青磁・赤穂英一・三瀬幸一・笹本恒子・菊池俊吉・樋口進亮・樋口忠男・緑川洋一・田辺良雄・安藤勝・伊東祥博・織田浩・植田正治・藤川敏行・石井幸之助・佐伯啓三郎・滝沢修・後藤鍾吉・石津良介・清水武甲・中村立行。

 田中雅夫・亀倉雄策らもやってきた。3年後の昭和28年、林忠彦・秋山庄太郎らを中核とする、二科会写真部の創立、樋口進亮を中心に「日本カメラ」が創刊された。と記述しています。

 

 赤穂先生は、あくまでも写真を美学の境地まで高めていく遊び心の写真化こそが、最もアマチュアリズムの本質と考えていたと思うのです。その教えはいまでも私の心の中に生き続けています。
  【赤穂先生 撮影1968年掘田義夫】
f0018492_11414257.jpg



More

by yumehaitatu | 2015-05-02 17:00 | やぶにらみ | Comments(0)

やぶにらみ論法88 普通に生きろ 堀田義夫   

やぶにらみ論法    普通に生きろ      堀田 義夫

昨年他界した著名な人の中に、米倉斉加年さんという俳優がいる。あるときのインタビューで、彼は師匠だった宇野重吉さんから常々教えられたことは、【普通に生きろ】ということだったと語っていた。

 【普通】というのは、普通人・普通郵便・普通課程・・普通自動車etcといったように特別ではない。

 私は展覧会を見に行って、批評じみたことや、先輩面をしてものをいうことをしない。そして会場を後にするときは、“大変勉強になりました。ありがとうございました”と言って辞することにしていた。仮に自分で思うことがあっても、相手に不愉快な思いをさせることもないからだ。

 だが、考えてみるとこれは普通じゃなくて、問題を回避する方便であり、自分をよい子に仕立て、嫌われることは避けようという気持ちが働くからだろう。

 過日、写真の仲間たちとの会合で、参加者の一人が、45年前頃、カメラ雑誌に寄稿していた私の表現手法についての技法解説や作品が掲載されている雑誌を持ってきて、話題にされた。

 それを見た別の人が、この頃の作品はいい。だが、いまの作品はあまりよくない。なぜなら、フォトショップの機能に振り回されている感が強い。レタッチのテクニックで出逢った効果に依存しすぎているからだ。と手厳しかった。

 私自身が表現技術の未熟さから、フォトショップの機能の呪縛から逃れ切れず、技法がイメージに先行して、そうした印象を与えているのであろう。

 イメージに技法が従属することが好ましいのだが、残念ながら、力及ばないところを見抜かれて指摘を受けたと思い、ありがたい指摘だと受け止めた。

 人は当たり前のことを当たり前に言わないで、とかく相手にとって聞き心地のいいことだけを話したがる。だが、この人は【普通】のことをいっているのである。前出の「大変勉強になりました。ありがとうございます」と言って辞する私の態度は欺瞞に満ちたものだと大いに反省させられた。

 だが、そこに同席していた人たちからは、「あいつは生意気な奴!!」と顰蹙を買う羽目になって、【普通】に生きるということには、かなり度胸がいることだと思った。

 このことは普通に生きることの1例に過ぎない。私は食事の時の飲み込みの悪さ、痛み、食後の腹痛などで苦しんでいる。だから俺は病人なんだと思うのだが、いまの俺にとってそれが普通なんだと思うようにすれば毎日経験するこの苦しみから解放される。

 声は出る、耳は聞こえる、目は見える、歩くことだってできる、そうしたことができない人だっていることを思えば、現状を【普通】と考え感謝しなければならないと思うのだ。

 先月、仲間たち8人で秋田・靑森に34日の撮影に行った。食事は普通の人の3分の1

くらいしか食べられないのに、撮影時の歩行数では1番か2番目という快挙で仲間たちを驚かせた。カメラを持ったら【普通】になれることを実感している。

 宇野重吉さんが、愛弟子の米倉斉加年さんに伝えた【普通に生きろ】という教えの深さを改めて実感し、これからも【普通】を心がけて実行したいと考えている。

f0018492_21161578.jpg



by yumehaitatu | 2015-03-07 21:55 | やぶにらみ

やぶにらみ 想像を刺激する(87) 堀田義夫   

想像を刺激する(87)                        堀田義夫
 先日、「泣かした子 あやす天狗や 秋祭」 という高張一司さんの俳句が、新聞の文芸欄に掲載されていた。私は俳句についての造詣があるわけではないが、すごく気に入った。
 選者の評で、秋祭りの小さな出来事を見逃さずに活写し、「天狗役」を務めた人物の困った様子が、一方、「あやされて」 ますます泣き叫ぶ子供の姿が彷彿されます。とあった。その通りで、私には秋祭りの光景がまぶたの裏に浮びます。
 当研究会でもフォト575を楽しんでいる人は多い。昔から写真と俳句は相性がいいということで、写真と俳句をコラボした作品発表や写真集の出版といったことは、行われていました。
 小説家の森村誠一さんは、俳句を作ってそれをブログに載せていたが、ただ文字を並べただけの俳句ではアクセス数が少ない。文字を並べるだけの俳句は、ネットの世界では視覚的に貧相だ。そこで俳句に写真をつけることを思いついて実行したら俄然アクセス数が増えた。以来俳句と写真をコラボした作品作りが私の表現スタイルになった。といっています。
 趣味を持つということは経験的に人生の終末を豊かにすると思います。ところが写真も俳句も、たった一人でもやることができる。自分の都合に合わせて楽しむことができるのが嬉しい。もし、趣味が将棋や碁やゴルフとか麻雀だったら一人ではできません。
 森村誠一さんにいわせると、俳句は膨大な世界を17文字に凝縮する営みだが、たとえば、芭蕉の有名な「夏草や強者どもの夢の跡」という俳句の背景には、数百年もの歴史が、この一句に凝縮されている。小説で書くとすれば、何千枚にもなると思うが、これを17文字で表現するのが俳句だと……
 続けて、若い人の俳句にはひらめきがあって斬新だが、意外に浅い。シニアの作る俳句には深みがある。
 どこが違うかといえば、若い人は人生経験が少ないので源資が少なく、シニアは人生経験が長いので源資が沢山ある。その源資をギュッと凝縮して作るので、俳句に深みが出る。俳句は老人向きの趣味としてうってつけだと勧めている。その点でも高齢者に多い写真趣味は、俳句の世界とよく似ている。
 だけど、写真も俳句もみんなが知っていることを、ただ、知っているとおりに写したり、文字あわせが巧くても、「ハイ! お上手です!」で終わり。
 俳句を作っている人や、よい写真を撮る人は、ものの見方が深くなければ、よい作品は生まれないと思う。 例えば、夕日が地平線に落ちていく。そんな自然現象を捉えるだけならいまの機材を使えば誰でも撮れる。
 もし自分が、その日に深い屈辱を味わったとすれば、「あの夕日の色は、自分の屈辱の傷から流れ出た血によって染められた色だ」と発想したり、海に沈む夕日が火の塊としてジュッ!と音を立てて海に沈むようだと感じたら、その自分の想いを込めてみたらどうだろう。
 「見たもの」を「見えたよう」に伝えること、想像力を刺激する作品こそが私は“いい作品”だと思っている。そう考えると、写真と俳句はよく似ていて、また、そのコラボレーションは面白い。
f0018492_198182.jpg

by yumehaitatu | 2015-01-10 17:00 | やぶにらみ | Comments(0)

やぶにらみ論法(86)   

   芽を摘ままれる
今年の「夢の配達人展」も終わった。そして多くの反響に接したがその中に、「チョットいじりすぎの写真もあった。何を目的として画像処理するのか見えてこないと、独りよがりになってしまうかも…」。
 もっともな指摘です。確かにフィルムからデジタルにメデイアが変わったことで、表現領域が大いに拡大され、表現者には福音をもたらした。その大きな要因はレタッチソフトの開発と進歩が大きな役割を果たしています。フィルムで写真を楽しんだ世界とは全く違った世界を目覚めさせてくれたのです。
 そうした流れを感じて本会を立ち上げたが、そのときの趣旨は「デジタルフォトの普及・啓蒙と、新技術の習得・研究」を謳い、共に育とうと「共育」を掲げました。
 ところがいちばんのネックは、デジタルフォトは、多かれ少なかれコンピューターに関する知識が要求されます。一般写真愛好家にとっては大きなハードルです。そこで活動の一環として「基礎講座」「応用講座」を創設し運用してきました。そうした中で会員の学習の結果が、「何を目的として画像処理するのか見えてこない作品…」という指摘につながったと思います。しかし私はそれでもいいと思っています。
 2012年8月号の「美術手帖」に、「いまインスタグラムが楽しい。インスタグラムはスマートフォンで撮影して、写真を共有できる無料アプリ」、と紹介されていた。写真版ツイッターといったところらしい。
 アップロードした写真に、見た人から、「いいね」とコメントがついたり、写真を使ったコミニュケーションを多くの人と楽しむことが魅力だというのです。そのように写真に対して世の中の受け入れ方に変化を来しているのです。これからも写真をメディアの表現領域は大きく変革されていくでしょう。
 いま現在は、情報メディア社会の変化に伴って誕生したデジタル技術で、アナログ写真をなぞるだけでは意味がありません。そこにレタッチというデジタルフォトならではの特質を取り込みたいのです。
 ところがデジタルフォトに関していえば、画像処理の有無と痕跡が主に取り上げられる。それはデジタルフォトをアナログ写真のネガとして論じる思考に由来するからだ。デジタルフォトを従来のアナログ写真の範疇で考えるからです。ここに前時代的な考えが内在しているのです。
 私はデジタル技術でアナログ写真をなぞるだけではない写真こそ、デジタル写真の名に値すると思っているし、社会のデジタル化は従来の写真の枠組みをも変化させるものであって、その枠組みを動かさずにデジカメやフォトショップを使ったからと言ってデジタルな表現とはいえないと思う。つまり画像加工の有無が、デジタルとアナログを分けるのではないのです。
 ただ、デジタル画像が生み出す新しい価値観を求めて、いろいろ試行錯誤したり、トライ&トライの段階で作者の迷いもあってよい。その結果が「いじりすぎ」の非難を浴びることもある。それはそれで仕方のないことだが、その非難に負けて、新しい表現領域獲得に挑戦しようとする精神にブレーキをかける必要はないのです。
 新しいことを始めれば必ず非難の対象になる。特に古くからアナログの世界に生きてきた人には、抵抗感が強い。「人は自分が理解できない事柄は、何でも否定したがる」あるいは、先輩や仲間から新しい芽を摘み取られないことだ。川柳に「前例がないと新芽を摘み取られ」というのがあるが、実に名句だ。
f0018492_10123675.jpg

by yumehaitatu | 2014-11-01 17:00 | やぶにらみ | Comments(0)

やぶにらみ論法85 褒め上手 堀田義夫   

褒め上手                         堀田義夫
指導者失格の弁
十数年前、ある写真クラブで教えた女性が個展を開いた。作者が、青春時代を過ごした日本の原風景と遭遇したという山梨県の山村に足繁く通い、撮りためた写真が展示されていました。技術の巧拙はさておいて、作者の思い入れが強く伝わるよい展覧会だったと思いました。
作者は、「いまお世話になっている○○先生のアドバイスで、気付かされたのです」と自分の仕事の成果について語っていました。
その○○先生というのは、私の古くからの仲間です。道元禅師が「正師を得らざれば学ばざるに如かず」といったそうですが、この作者にとって、○○先生との出逢いがとてもよかったのだと思います。
一方、十数年前に指導した私は、作者のすぐれた資質に気付かず、作者にとっては通り一遍のアドバイスしかできなかったのではないかということに思いを巡らし、人を指導するということの難しさを知らされました。
私の著書「仲間に贈る人生ノート」の中に、「その人の持っている感性を見いだし、本人に気付かせる」のが指導者に必要なことだと赤穂英一先生の言葉を載せています。
そうした意味で私は落第点がつけられそうです。また、自分を特別視するな! 自分はこれだけ学んだから間違いない。だからこうなるはず。と自分の知識だけで生きるなよ。自分の知識だけを頼りに生きるということは、自己中心的な生き方にしかならない。
と同じく赤穂先生の言葉を載せました。そう書きながら、実際にはそうしたことを実行できていなかったことに気付かされました。
私が書いている「やぶにらみ論法」は正論だとは思っていません。またやってきたことを自慢するためでもありません。やりたいことを実現するための指示書なのです。だから書かれていることと、やった結果は必ずしも一致しないことは沢山あります。そのたびに反省させられます。
そうしたことを中学校の校長だった友人に話したところ、
【授業態度がよくなくて、世間一般では不良といわれるような生徒がいた。ある日の書道の時間にその生徒が書いた字を褒め「このハネはよい書き方だから真似をしてみよう」といって、ほかの生徒に真似させてみた。
そんなことを何度か続けたところ、その生徒は母親に書道を習いたいと言い出したというのです。授業態度のよくなかったその生徒は、叱られても態度を変えなかったのに、褒められることで態度が変わった】というのです。
このことは、欠点を指摘するのではなく、よいところを探す、褒めようとするとまず、そのよいところに気付くことが必要で、それができるようになった頃に定年を迎えたよ。と笑って話してくれました。
指導者は技術や知識を教えることより、その人のよいところを見つけて気付かせることだといった赤穂先生の教えが今更のように思い返されて恥かしい思いをしました。
<真夏の夜の夢>
f0018492_14182513.jpg

by yumehaitatu | 2014-09-13 17:10 | やぶにらみ | Comments(0)

堀田義夫の「やぶにらみ論法」(84)   

堀田義夫の「やぶにらみ論法」(84)

【やる気】
 いまある仕事に取りかかっているが遅々として進まない。明日でいいやと先送りしていて【やる気】があまり起こらないのです。
 今月も友人の一人が他界した。私たちの年齢だから仕方ないのですが、それでもその友人とは一緒に写真を趣味に歩んできた人生だから感慨はある。
 最近の便りに「4月1日で81歳!。今日からロシア語の教室に通うことになった。去年ロシアに行ったが、言葉が通じないことで折角の旅も不満が残った。だからこれからロシア語を習って、シベリア鉄道を完乗(始発駅から終着駅まで)したい… それから文章講座にも通うことにした。自分史を書こうと思ったからだ。いのちが続いていたらネ!…」という内容だった。
 その男が、約二ヶ月後の5月28日に不慮の事故で黄泉への旅立ってしまった。坂村真民さんの詩に【人間いつかは終わりが来る 前進しながら終わるんだ】というのがあるが、その通り【やる気】満々の生きざまをわたしに見せてくれてきた仲間です。
 もう一人、60年来の友人が入院したという連絡が入った。誠実で何事にもクールに対処することからファンが多い。ここ数年体調のすぐれないことは感じていた。本来の生真面目さから、いろいろ写真界に顔を出し、教室にも指導に行っている。
 だが、人を介してわたしの耳に、○○先生はこの頃あまり元気がない。教室でも声が小さくて聞こえないし、あまり話さなくなった、ということだった。
 相田みつをさんの詩に【じぶんの後ろ姿は見えねーんだよなー じぶんには】というのがあるが、生徒にとってはその姿から、ある種の感慨を持つものです。そのため、生徒さんたちの【やる気】を削いでしまっていないか心配です。
 誠実な性格だから、みんなの期待に応えようとする気持ちはわからないでもないが、生徒たちの【やる気】を削いでしまっては本末転倒です。
 老人になっても、あらゆることに自分が前面に出るのは、いい生き方かも知れないが、大人げない。「大人げ」とは自分を引くことであり、わたしは「大人げ」という美学を大切にしたいと思っています。
 ところが、このことは人ごとではない。わたしも仲間と顔を合わせるたびに、「今日は体調はどうですか」と聞かれる。ということは、わたしも仲間たちの「やる気」を削いでいる、いってみれば、【じぶんの後ろ姿は見えねーんだよなー じぶんには】なのです。
 特にこれからの季節は最も辛い日々が続く。わたしより5才年長の教室に通ってきている人から、頑張りますねーと労われたとき、「仕方がないんだ」と本音を漏らしたら、「堀田さん、その仕方がないんだ、だから頑張るんだ!という気持ちが大事だよ」その気持ちがあなたの【やる気】を起こさせているんだ。と励ましてくれた。
 ただ【やる気】には期限を! 【やる気】を本物にするには、その実現のために期限をつける。それを怠ると【やる気】は夢のままに終わってしまう。と教えられた。
f0018492_17135438.jpg

by yumehaitatu | 2014-07-05 17:12 | やぶにらみ | Comments(0)

やぶにらみ論法【フォト五七五】(84)   

やぶにらみ論法【フォト五七五】(84)    2014年4月

 「五七五」という短詩形は世界に誇れる日本文化だろう。先日、参加16団体、参加者260名という大規模な写真展を見た。あらゆるジャンルの作品が陳列され「写真表現の見本市」のような印象だ。これを五七五の知恵で感想を述べる。
 もともとアマチュア写真家は職業写真家が生業として写真を撮っているのとは違い、写真というメディアを利用して人生を楽しむための趣味人である。川柳に「生きざまはみんな違って趣味の友」というのがあるが、出品者はそれぞれ過去は違った境遇で生きてきた。そしていま写真という趣味を楽しんでいる。豊かな人生経験がいろいろの作品を生み、見本市のような印象を与えるのだろう。
 アマチュアが写真を楽しむとき三つのパターンがある。一つは記録者、報告者としての観点から作画する人たち、二つ目は技術面に重きを置いて精進している人たち、三つ目は写真というメディアを使って創造的作品を作る人たちである。
 出品者の分類では、デジタル写真はいじくりすぎて嫌いという否定派、逆にデジタルだと、こんなことまでできるんだと興味を持った肯定派。そして、花が好き、富士山が好きと被写体の魅力の虜になっている人、あるいは、祭りやイベントといった写す目的のはっきりした行事ものといったように、展示作品は多様多彩。だから出品者側の価値観も多様だ。
 この展覧会のもたらす効果は、ひと頃オリエンテーリングという競技が流行った。地図と磁石を持たされて目的地までいかに早く着けるかを競うものだ。競技のコツは、いつも自分の位置を知ることで、自分がどこにいるのかわからなければ磁石も地図も役に立たないからだ。
 その競技と同じで、この展覧会のメリットは、自分たちのクラブが写真界の流れの中でどの辺の位置にいるのかを知る。そして自分たちの活動の軌跡の間違いを検証し、必要なら軌道修正する。間違っていなければ自信をもって、更に速度を増して前進する勇気を与える役割を果すことができることだ。
 だが、先ほども紹介したように、「生きざまはみんな違って趣味の友」というようにいろいろの人の集まりだから、運営は並大抵ではない。その陰には「輪の中の笑顔に幹事やめられず」といったように、面倒な幹事役を引き受けてくれた人たちの献身的な犠牲の上で成り立っているのである。
 訪れた鑑賞者の一人が、「これ写真?」という疑問を投げかけてきた。うちのクラブでは先生がこんなのは絶対認めてくれない。という嘆き節も耳にした。一般の人が写真は難しいものと思っている部分は、実は技術的な部分なのだ。技術的なことを駆使して写真を撮っている人は、天賦の才能に恵まれた人かと思われている。だからそうした先生は、写真の内容よりも、ピントがいい、トーンが素晴らしい、うまいフレーミングだ。といったように技術の善し悪しを云々するが、新しい傾向の作品を「前例がないと新芽は摘み取られ」といった具合に、新しい感性の芽を摘みとってしまう。
 また、「わたしの作品ですがどうでしょう」と声をかけられた。わたしには言いようのないつまらない写真だ。一瞬困ったが「欠点と言わず個性とフォローする」という五七五が頭をよぎり、その場をしのいだ。
f0018492_1084481.jpg

by yumehaitatu | 2014-05-03 20:46 | やぶにらみ | Comments(0)