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やぶにらみ論法 堀田義夫 御輿人生   

御輿人生   堀田義夫

 「厳寒の雪国の写真を撮りたい!」そんな想いを西垣会長が会食の席で話したら、堀井裕子さんが青森の尻屋崎地方にいまも伝わる小正月の素朴な「餅つき踊り」と、「寒立ち馬」を撮影する企画があるから参加しないかと誘ってくれた。

 出発当日、東京駅に西垣・大嶋・堀田が顔を揃えたが、案内役の堀井さんがきていない、そして西垣さんに電話が入り、トラブルが発生したので指定の列車には乗れないので先に行ってくれという連絡が入った。一抹の不安はあったのですが仕方がありません、とりあえず新幹線で八戸駅まで先に行くことにしました。

 八戸駅では、「堀井さんから連絡があったので迎えにきた」といって、一昨年私たちが撮影でお世話になった顔見知りの某企業の役員の方が出迎えに見えて、すぐさま撮影ポイントに案内してくれました。

 その人は私たちが撮影している間に、次の列車に乗ったはずの堀井さんを再び駅まで迎えに行き、一時間遅れでやっと合流するといったハプニングがあって慌てましたが、勤めを休み、社有車を使って我々のため心を遣ってくれたことには恐縮しました。聞いてみると、社長さんも承知の上だという。

 このことを含めて私たちの五日間滞在中は、靑森県写真連盟、靑森コンタックスクラブ、靑森二科、鶴田写真クラブ、靑森テレビなどの方々には、撮影地の下見、その日の天候に見合った撮影地の選定、交通手段として車の提供などといったことで大変お世話になりました。

 そうしたことができたのは、前出に某企業の社長さんと書いたが、実は青森県下はもちろん東北地方では有名な、三八五ホールディングス代表・泉山元氏のお力添えがあったためだと知りました。

 その泉山社長が前出の方々と一緒に私たちを夕食に招いてくださった。いろいろ会話が弾む中で私は周辺を取り巻く人々との会話や、和やかさ、人脈の広さ、などを実感したので 「社長の生きざまは、御輿人生だと思いますよ」と感想を口にしたのです。

 社長はすかさず、「確かに周りから担がれていることは承知しています。そして僕のやっている行動から、周りに担がれていることも知らない御輿のような人生だと思うかも知れませんが、御輿は担ぐ人がいて、担がれる人がいなければなりません。担ぐ人がいなければただの箱です。御輿人生の基本は人との付き合いです。このことには心を砕いています。先生の一本の杖という本も読ませて貰いましたが、来る人は拒まず、去る人は追わずという信条には賛成です。だが、担ぐ人、担がれる人がいる中に、担ぐ振りをして、ただぶら下がっているだけの人もいます。そうしたことを見極めることは大切ですね」と語っていたのが印象に残りました。

西垣さんが「厳冬の雪国の写真を撮りたい!」と言った一言で、その御輿を担いだ堀井さん、その御輿を担がせたのが泉山社長、その社長の意向を汲んで堀井御輿を担いだのが青森県下の写真家たちと関係者の方々。そうした恩恵で、楽しませていただいた今回の撮影の旅は、かなりの強行軍だったが御輿人生を実感し、多くの教訓が得られた撮影行だったと思っています。いまからでも遅くない!これからは、人から担がれる御輿人生を心懸けなければならないと強く思いました。

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by yumehaitatu | 2017-03-04 17:00 | やぶにらみ | Comments(0)

やぶにらみ論法99「越智祥之 Final Shot」  堀田義夫   

やぶにらみ論法99「越智祥之 Final Shot」  堀田義夫

新しい年を迎えました。昨年を振り返ると8月には本研究会の2代目会長だった、越智祥之さんが黄泉の国に旅立たれたという悲しい思い出がありました。

平成16年でした「俺の夢を実現させたいので力を貸して欲しい」と彼と酒を飲みながら話したことがありました。即座に「あァいいでしょう、やりましょう」という返事が返ってきた。なんのために力を貸せと言ったのではないのに、そのときは失礼だが[軽い男]と思ったのです。

私は越智さんのマネージメント能力を高く評価して誘ったのです。後日、何で軽々しく私の誘いに乗ったのかを聞いてみたら、「夢を持ってそれをやろうとする、先生の姿勢に共感したから…」と答えてくれました。私は時代と共に歩む写真文化を望んでいたのです。その夢の第一弾として、ある有能な作家をゲットするように依頼したのですが、アタックした結果は不調に終わったという報告は受けました。

それは「一度声をかけてダメなものは無理に誘っても戦力にはならない!」と常に私が言っていたからその話は終わったものと思っていました。

そして3年。その作家が当研究会に入会するという話になりました。それは3年間その作家と個人的にネゴを取り、当研究会の活動情報を提供しながら、やっと口説き落としたらしいのです。その作家はいまでは当研究会では余人を持って代えがたい人財に育っています。撮影会・旅行・展覧会といった諸行事には、親身になって会員のために行動してくれました。だからいつも多くのファンに囲まれていました。

また歴史に深い関心や知識を持ち、私があるとき本で読んだ曖昧な記憶から[道元上人]と言ったことを聞きとがめ、[上人]というのは僧侶の敬称だが、[道元禅師]と呼ぶのが正しい。[禅師]の称号は禅僧が朝廷から賜る称号なのだと教えてくれたことがあります。

若い頃、自分を知識人に思わせるためにいろいろの本を読みあさり得た知識は、言ってみれば、銀行から大きな借金をするようなもので、決して自分の財産ではないということを知らされたのはこの越智さんの指摘からでした。そのときから私は借金人生から脱却することを心がけ、自分自身の財産を自分で作らなければならないことに気付きました。

私の仲間が今年2月に個展を開くつもりでいます。その人が自分の個展の一部の壁面を提供して越智さんの遺作をかざってあげたいという申し入れを受けました。その作家の越智さんへの想いや、熱意に押されて私もコンセプトの組み立てや作品の選択、プリントで協力することを約束させられました。

越智さんは写真界を生業の場として勤めを果たし、卒業後は人脈の広さ、万民から愛された面倒見の良さ、卓越したマネージメント能力で当研究会に大きな功績を残しました。写真文化をこよなく愛し、人生を写真で締めくくった感のある「越智祥之Final Shot」をいまは是非、皆さんに観ていただきたいという想いでいっぱいです。
      越智さん(平成18年)

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by yumehaitatu | 2017-01-07 22:58 | やぶにらみ | Comments(0)

 「やぶにらみ論法」98     大人気の美学  堀田義夫   

 「やぶにらみ論法」98     大人気の美学  堀田義夫 2016/10/14

 平成28年10月11日~16日、当研究会の会員、大嶋丁未子・高橋洋子・堀井裕子さんが昨年に引き続き「昔姫・3人展」を開催した。私は、連日会場に詰めて多くのことを学んだ。

その第1は、大胆な会場の設定

 貸しギャラリーだから、1メートルでも展示壁面を広く使いたいと思うのが普通だが、その壁面の2割に当たる部分の壁面を撤去した大胆さな会場構成だ。エントランスホールから会場の全景が目に飛び込んでくる。賃貸料の2割を、会場構成費に消費されているのだが、男社会では、必ず「もったいない」と言って反対される。そんな大胆なことをやってのけた度胸の良さは見事、昔は「男は度胸、女は愛嬌」といっていたが、いまは時代が変わって異性文化には、前例にとらわれない度胸の良さがあると思った。

第2として、展覧会の原点を問う姿勢

 もともと17世紀フランスで広まった「サロン」という言葉は、名士たちの応接間、あるいは社交場として美術団体の定期展、音楽家の演奏会などが併催された。そうした意味では、作品の制作者と観客が共に楽しい雰囲気に浸れる空間でなければならない筈だが、日本では展覧会場で大声で話し合ったり笑ったりすることは御法度なのだ。国民性なのかも知れない。

 ところが、「昔姫・3人展」の会場はまさにサロン化していて、作品を見ながら作者と観客との会話が弾み、文明・文化論まで飛び出しその賑やかなこと、長い人になると1時間くらい帰らない人がいる。

 それは作家たちの人柄や気遣いもあるのだろうが、会場の雰囲気が柔らかく他の展覧会と比べ大きく違う。その違いを観察すると、作家たちの目線の低さにあるように思えた。

 例えば、鑑賞者の知りたいことについて専門的技術論やメディア論はもちろんだが、どこで撮ったの?どうしてこんなところを知っていたの?私の故郷の近くだけど全く知らなかった、今度行ってみたい。

 私も行ってみたいけど、いまではとても行けない!、珍しいとこを見せて貰ってとても嬉しい、こんな所で生活している人は可哀想、などと観客と作家が目線を合わせながら対話の広がりを楽しんでいた。

 俺たち、私たちのやっていることを見せてやるんだといった高所からの目線を感じない。素晴らしい雰囲気の漂う展覧会だと思った。

 尊敬される作家はそれなりの振る舞いが要求される。それは“大人気”である。「大人気」とは自分を引くことだ。他人(観客)にとって良いことのために、自分を少々犠牲にしても、さりげなく振る舞う姿勢が大切なのである。一般的には売れっ子作家になると真っ先に失うのがこの「大人気」である。自己PR・承認欲が優先してしまう。そうしたことでも作家たちの心配りには遺漏がなかったように思う。

第3は作家たちへの羨望

 靑森から来た、奈良県から、静岡県、千葉県、埼玉県からといったように遠くから駆けつけた観客とお目にかかり懇談する機会を得た。これは出品作家の人徳のなせる業だ。ただただ驚くばかりです。

 実は昨年も私はその人たちにお目にかかっている。ということは毎年足を運んでくれているのだ。写真を通した厚いお付き合いをしている出品作家の人徳には敬服する、私たちが自慢の仲間たちである。
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by yumehaitatu | 2016-11-05 17:01 | やぶにらみ | Comments(0)

写真は売れる(97)      堀田義夫   

写真は売れる(97)          堀田義夫
 最近経験したことだが、東北大震災支援チャリティー展・熊本地震義援チャリティー展などに出品を要請されたので仲間たちに呼びかけて協力することにした。
 そのとき感じたことは、仲間たちの「写真なんかどうせ売れっこない!」という反応だった。だが、参加しての結果から、“写真は売れる” ということを確信した。
 具体的には、5月に開かれた「手工芸作家協会」主催のチャリティー展(慈善金集め)では、私が出品した10点の作品の内9点が売れた。
 もちろん買ってもらった中には趣味の仲間や知人が義理で買ってくれたこともあるが、皆さんの善意に頼るのがチャリティーなら、義理だろうが、迷惑をかけようが、それも許されると思っている。
 そうした仲間や知人たちの応援を得て、個人としての売り上げでは一番多かったと会長さんから感謝された。ちなみに私が出品したのは“堀田義夫「繪写真の世界」”の版画のカテゴリーの作品だ。
 ところで、こうした展覧会は作品の売値の上限値が決められていることが多い。そうしたとき私は上限に近い値をつける。「写真なんか売れない!」ということが世間の常識なのかも知れないが、私は写真じゃなくて作品を出品している。だから良ければ買い手は現れると思っているからだ。
 6月に行われた画廊主催のチャリティー展ではオーナーから「いくらにしますか?」と聞かれて、「いくらでも良いよ」と言ってきたという仲間がいた。
私はそれは違うんじゃないと思う。自分がチャリティーの趣意に賛同して参加したのなら、自分の自信作?を提供するだろう。それをゴミ扱いとまでは言わないが,「いくらでもいい」なんていうのはおかしい。作品が可哀そうだ。
堂々と作品に見合う値段(上限値は決められているからそれを勘案して)をつけるべきだと思っている。
 会期中にそのチャリティー展を開催している画廊に立ち寄った。オーナーがお客さんと作品の前で話し合っているところだった。私の顔を見たオーナーが「あら、先生丁度良かった、このお客さんがとても気に入った作品だといって私にいろいろ聞くんだけど、私写真のことがよくわかんないんで困っていたの」そしてお客に向かって「作家の先生です。この人に聞いてください」といってお客さんの前から離れた。
 そのお客さんは「気に入った作品と作家さんに会えたのも何かの縁、買わせてください」と商談成立。 オーナーは、こんなに写真が売れるとはいままで思っても見なかった。といって驚いていたが、デジ研から出品した3人の4点の作品は2日目にはすべて売れきれてしまった。
 写真をやっている人たちが「写真なんか売れっこない」と思っているのは錯覚でしかないのです。もし、売れないとすれば、それは既視感のある「なぞり写真」だからだ。買ってくれたお客さんの反応は「これ写真なの?」と異口同音に驚いていた。その理由は、いままで自分が持っていた写真の概念と違った、写真の別の顔に気付かされたことが作品を手元に置いておきたいという気を起こさせるのである。
 今回の夢配展でも、小閒さん・曽我さんの作品に関心が持たれて商談が進展していると聞く。斬新な作品なら、手に入れたいと思う人は必ずいる。そうしたことを感じた。
潮騒の町
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by yumehaitatu | 2016-09-03 17:33 | やぶにらみ | Comments(0)

堀田義夫の「やぶにらみ論法」 (96) 川柳に学ぶ    

 堀田義夫の「やぶにらみ論法」 (96)  

川柳に学ぶ 

 もうすぐ「夢配」が始まる。展覧会に出品するからには、「この人は過去と今年の作品ではどう進化しているのか、あるいは、どんなメッセージを発信しようとしているのか」という期待があるだろう。そんな思いが頭をかすめると、いい加減な作品は作れない。

 だからといって見る人を意識するあまり、鑑賞者に媚びた作品を創ろうというつもりはない。趣味・道楽は人のためにやるもんじゃなくて、自分の人生を豊かにしたいからだ。

 「夢配」の、フォト575には残念だか作品ができなかった。そこで気になる句を並べた。

“年とって 飲み込み悪い 喉と脳” は確実に進行中で、新しいことや食事が思うように飲み込めない現実に直面している。その575でいろいろ思いを巡らすと、

“生きざまは みんな違って 趣味の友” という川柳は、シニアの世界では過去に生きてきた知的財産を豊富にお持ちの人がいる。そうした人たちとの出逢いに感謝する句だ。

“年齢の 重ね方にも うまい下手” という句もある。趣味を持つ人と、一日中テレビを見て、暇をもてあそんでいる人では、大きな違いだ。趣味は人生を豊かにしてくれる。

“おやつほど 薬飲まされ カラ元氣” 透析で週三回病院に通い、食前食後に飲む薬の量に驚かされる。それでも写真を楽しんでいる仲間もいる。凄い生きざまと見習っている

“医薬より 元氣にさせる 褒め言葉” といった川柳もあったが、展覧会やグループの例会などで作品を発表した時の気持ちを詠っているようだ。私なども「お年に似合わず、作品はお若いですね」などといわれようものなら舞い上がってしまう。

“常識を 脇においとく 好奇心” など、私の作画姿勢に通じて好きな川柳だ。こうしたらいけないんじゃないか? 人がなんていうだろう? なんて考えなくていい。

“人間の 五感錆び付く IT化” インフォメーションテクノロジーが浸透し,感性の豊かな作品にお目にかかり難くなってきた。手段が目的になっている作品が多い。

“定年後 話し相手は 妻と医者” というのがある。 年をとってから一番の敵は、人と話し合う機会が減ることだろう。人と話し合うとき、脳は緊張し交戦状態になる。言い負かされないようにいろいろ思考をめぐらす。そうしたことによってボケを遅らせる効用があると私は思う。そうした意味では、

“輪の中の 笑顔に写真 やめられず” といった心境だ。そうした中でも気を遣っていることがある。

それは人様の作品から学ばされるているという自覚だ。

“前例が ないと新芽を 摘み取られ” といったことを警戒する。パスカルが言った「人は自分が理解できないものは、何でも否定したがる」 と。指導者側は新しい芽を見つけ、育てることが大事。

“どこ見ても 女ばかりの コミュニティー” ある美術団体の総会に出席したら、ひな壇に並んだ人は会長を除きみんな女性だった。改めて、女のパワーを知らされた。デジ研も女性の力をもっと活用したらどうだろう。

“ご高説 止めた子供の 大あくび”   あくびの出ないうちに筆を置くことにする。
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by yumehaitatu | 2016-07-02 16:51 | やぶにらみ | Comments(0)

堀田義夫の「やぶにらみ論法」(95)   

堀田義夫の「やぶにらみ論法」(95)

【生き甲斐を見つける】

 329日のデジタルフォト研究会の「上野」の撮影会に参加した。絶好の撮影日和に恵まれて多くの会員が集まって盛大な撮影会になった。参加者の多くは動物園に向かったが、私は西垣・大嶋・渡利さんたちと科学博物館から芸大・谷中などを彷徨して撮影を楽しんだ。

 谷中の街中で塗装工場の入り口に奇妙は人形を見かけた。「撮影して良いですか?」と尋ねたら、「アァ良いよ!」と気さくな返事か返ってきた。

 私が撮影している間、ご主人はじっとそばに立ってみていた。そして私に問いかけてきた。「こんなものを写してなにが面白いんだい?」。この質問には正直返答に困った。

 そこで、「なんで、こんなものを作ったんですか」と逆に質問してみた。

 工場長だというその男の人が話したことは、「数年前に東北に大震災があっただろう。そのとき、生きているうちは、何が起こるか解らないもんだと思ったが、時が経つにつれてその記憶は薄らいでしまった。だが、よく考えると、生きるためにいろいろと普段から要心しなければといったことが意識の中に刻み込まれたんだろうね。

 もともと何かコツコツ作ることが好きだったんで、いろんなものを作っているうちに気がついたら、こんなものができちゃったんだよ。だから、何で作ったかと聞かれても理由なんかないよ」とにこやかに話していた。

 

 仲間の一人が、この作品は胸の辺を見ると女性なんですよね。と問いかけたら、「そんなことは、どうでもいいんだ。アートは、説明のために作るんじゃないから… 本当はこんな筈じゃない!といったことが織り込まれていなければ、人の関心を引くことは難しんじゃないの」と、全く意に介していない。

 そして言葉を続けた。

 人は生きているうちは意気甲斐を求めるもんだ。僕は生き甲斐ということを6つに分類している。といいながら、

第一は、生きる悦びや満足感を得るために、自分は何が好きなのかを知ることだ。

第二は、世間様の役に立つことによって,生き甲斐とする人間でありたい。

第三は、生活に活力、張り合いを持つためには、健康管理に気を配る、条件付き健康でも良い。

第四は、自分を向上させる、レベルを上げるために,人間関係・人脈を確保することに努める。

第五は、安らいだり、気晴らしできる趣味を持つ。そうした心の余裕が大切。

第六は、生きる目標や目的をしっかり持つことだ。テレビと睨めっこしていてはダメ!

 こうした生き甲斐を持つ人と、持たない人とでは大違いだ。親子ぐらい年の違うおじさんに偉そうなことをいってゴメンね。おじさんも頑張りなさい!と励まされた。心に残る撮影会だった。

             「変な人形」
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by yumehaitatu | 2016-05-07 15:02 | やぶにらみ | Comments(0)

やぶにらみ論法(94)  100点仕事と60点仕事   

100点仕事と60点仕事(94 2016/02/08

今年の抱負に、「生きているうちに 働けるうちに 日が暮れぬうちに」という相田みつをさんの詩を掲げた。

川柳に 「年老いて 飲み込み悪い 喉と脳」 というのがあったが、年を重ねるごとに,やらなければならない仕事を先送りにしてきたと感じたからだ。

 思いついたこと、やらなければならないことも若い頃に比べると、失敗しないように、人から認められるようにと思う途端に、だんだん臆病になってきた。

 ところがこの考えは誤りであることに気付いた。それは仕事はすべて100点を取らなければダメ!という妄想を持っていたからである。

 60点でも良い、その60点をたたき台に、残り40点は他人との議論を進めながら埋めていく、いわゆる他力本願の気持ちでやるんだと余裕を持った方がよいと気づいた。

 こうした考えをわたしの主宰する写真団体瓢蟲社の柱として「意見は言うべし、決定には従うべし」と織り込み済みと自分では思っていたが、実行がともなっていなかったと思った。

 人が議論をするとき、脳は交戦状態になる。このことは若さを保ち、少しでも惚けを遅らせる最も有効な方法であると思っているから大いに歓迎したいのだが、戦前の教育を受けた私らは、聖徳太子の「和をもって貴し」と教えられ、他人と協調する、仲良くすることを美徳と教育されてきた。だから無闇に人と言い争わないことを心がけた。

 ところが敗戦後はそうした風潮は影を潜めて、欧米風に自己主張の風潮が定着し「徹底的に議論を戦わすことによって、良い結論が得られる」といった考えが定着した。そして私もその考えに従い主宰する写真団体瓢蟲社の活動に、その思想を取り込んだのである。

 だが、実際に「よりよい意見」をぶっけられても、「俺の意見を否定しゃがって!」 と、憤りを感じるのが一般的な人間の反応だ。そのため議論は脳を交戦状態にすると前述したのである。

 議論などというものは、口の達者な声の大きい人が、その場を制圧する。だから私は「徹底的に議論をすれば,良い結果が生まれる」とは、単純に思っていない。

 議論慣れした人なら、自分の考えのどこが間違っているかに気付き、考え方を変えることができるが、どうも日本人は議論下手が多い。また、自分の意見は間違ったと気づいても修正したがらない。それは自分の考えは間違っていない! と100点満点の評価を期待するからだろう。

 ところが最近目にした書物に「一流の店長ほど休みを多く取る」ということが紹介されていた。内容は、自分でする仕事と、他人に任せる仕事を上手に仕分けるから、結果としてすべてを自分でやらなくても、スムーズに権限委譲ができて、チームワークがよくなり業績を上げることができた。すなわち60%の仕事しかしなくてすむ。と

 ところが真面目な人や向上心の高い人ほど、何でも自分でやらないと気が済まない。「自分がやった方が早い」と、100点満点を目標にする。しかし、こうした人には後継者は育てられないと思うのだ。

 本研究会の2016年度の総会で、活動内容の説明を聞きながら、この「一流の店長」の姿がオーバーラップした。これからも一流店長はじめ一流役員さんによろしくご教導願いたいと思った次第である。
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by yumehaitatu | 2016-03-05 17:00 | やぶにらみ | Comments(0)

堀田義夫のやぶにらみ論法 賞味期限 (93)   

堀田義夫のやぶにらみ論法 賞味期限 (93)

 新しい年を迎える度に、今年は、今年こそ!と思うが、今年はチョット違う。

 新年早々に似合う話題でないが、昨年12月に60年来の写友が他界した。大腿骨を骨折して入院したとは聞いていた。しかし無事退院することになり家族が呼ばれて、退院後のリハビリのメニューや介護要領を医師の説明を受けて、退院手続きを済ませたという。

 そのあといったん自宅に戻った家族に、病院からすぐ来るように連絡が入り、駆けつけると病人は既に意識不明だったという。そしてまもなく息を引き取った。死亡診断書には肺炎と書かれていたと言うのである。人生は一寸先は闇と言うが、まさにその通りだ。

 アマチュア写真界では要職を経てきた人なので、葬儀には写真関係者が大勢参列するかと思っていたがその期待は裏切られた。それはここ10数年、作家として目立った制作がなかったからなのかも知れない。そして考えた。

 卑近な例だが、渡邊澄晴先生は私より三歳年上だ。だから私は無意識のうちに渡邊先生を目標に、3年くらい先までの人生設計をしていた。また、先日富岡畦草先生に出逢ったら,「僕は90歳になったよ、あなたは大病されたので、どうかと案じていたが、元気な姿や、活動しているご様子から百歳まで大丈夫!」と励まされた。

 そうした周辺環境から,勝手に生まれてから死に至るまでの時間軸の中で、いま自分の佇んでいる位置がどこ? なんて思うのは、冒頭に書いた写友の死に直面して、傲慢だと気付かされた。このあと1分・1時間先のことだって解らないからだ。

 そうしたときに脳裏を横切ったのが、「明日死ぬかのように生きろ! 永遠に生きるかのように学べ!」というマハトマ・ガンジーや、「生きているうちに 働けるうちに 日が暮れぬうちに」と詠った相田みつをさん、「人間いつかは終わりが来る 前進しながら終わるんだ!」という坂村真民さん等の詩が思い起こされた。

 そうした折に、私の主宰する写真集団が毎年行っている一泊二日の忘年会を兼ねた撮影会でそうしたことが話題になった。

 明日は死んでも悔いを残さないように真剣に生きよう。もう歳だから今更……といった気持ちを持つのはやめて、未来永劫に生きられると思って学ぶ姿勢を!と誓い合った。

 あるいは、生きているからには,あそこが悪い、ここがダメ、といった言い訳を作らない。世の中には目が見えない、耳の聞こえない、あるいは手足が自由にならない人だっている、その人比べれば、写真という趣味を楽しめることに感謝しようと、両手足の自由を奪われた星野富弘・美術館に立ち寄り、凄い精神力で生みだされた作品に触れてきた。

 加齢と共に、何事をやるにも億劫になるが、人間いつかは終わりが来る 前進しながら終わるといった気持ちで、賞味期限切れにならない人生を送る努力をしようと誓い合った。
「戯れ」
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by yumehaitatu | 2016-01-09 17:00 | やぶにらみ | Comments(0)

やぶにらみ論法 「パクリの勧め」 (92号) 堀田義夫   

やぶにらみ論法 「パクリの勧め」 92号)

最近のニュースで気になる出来事があった。それは2020年に開催される東京オリンピックに使われる予定だったエンブレムがパクリ(模倣・剽窃)という疑念を持たれて、白紙撤回されたことである。

 佐野某というクリエーターはテレビ局のインタビューに「わたしはアーチストとして、いままで一度もパクリなどやったことはない!」とコメントをしていた。それを聞いてわたしは、この人はバカか?と思った。

 わたし自身、作品を作るとき、無意識のうちに既視感(いつかどこかで見た)が働く。人間の持っている感覚、知性、といったものは生まれたときからあるのではなく、伝統から学んで身につけたものの筈だ。

 だから、ものを作り出すと言うことは厳密な意味では、模倣を前提に進化や変貌を遂げてきたと思っている。

 パブロ・ピカソですら「芸術に進化はない。あるとすれば、バリエーションである」と言って、自身の作品の変遷には、周辺の作家たちから影響を受けたと認めている。

 それに関わるエピソードとして、モンパルナスの丘をピカソが散歩する時間になると、多くの画廊が店のシャッターを下ろしてしまうのだそうだ。

 理由は、画廊主が有能な作家を育て店に飾ってある作品を、ピカソには見せたくないからだ。なぜなら店に飾った新人の作品をヒントに、ピカソが一歩先の作品に仕上げて発表されたらそれまでの苦労が水の泡になってしまうからだというのである。

 世界的な版画家であり、芥川賞作家でもある池田満寿夫氏は、「すべての創造は模倣から出発する。その創造のための模倣が、創造的模倣でなければならない」と言い、優れた芸術家の仕事はその盗み方に創造の秘訣、あるいは独創性が隠されている。すなわち、天才は天才的に模倣し、剽窃すると言っているのだ。

 情報社会が進化したいまでは、隠されていたいことまで瞬く間に発掘されてしまう。その点では、佐野某氏は、模倣の手法が幼稚すぎたとわたしは思う。

 わたしの旧著「写真三昧50年」に、模倣万歳という一項を載せているが、「文化」というものは、物まねを通じて受け継がれていくものだ。その段階で、独創性を開花させればいいと書いている。

だが、ここで視点を変えて考えてみると、自分の頭の中で想いあぐんでいて、そのアイデアが固まらないうちに、完全ではないにしろ自分のアイデアと同類のことを一足先にやられたときは、がっかりする。

 あるいは同じようなことを両方で知らないうちにやっていたという場合もある。自分がやりつつある計画やスタイルを、後ろから走ってきて、こちらの計画を土台にして新しく発展させてしまう場合もある。模倣され、盗まれたときの苛立ちは図りきれないものがあろう。そうしたねたみや恨みが、訴訟問題に発展してしまったとも言える。

 だが、藤田嗣治は自伝の中で、ピカソが自分の作品の前に30分も立ち止まっていた、彼は自分から盗んだと、反対に盗まれる喜びの声を上げている。そうした寛容さはあっていいと思うのである。

いろいろの考え方があるだろうが、わたしはパクリを勧め、自分でも積極的に実践している。
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by yumehaitatu | 2015-11-07 17:00 | やぶにらみ | Comments(0)

堀田義夫のやぶにらみ論法91   

やぶにらみ論法 「○○権への疑問」 (91号) 2015/08/04
 近ごろは肖像権やら著作権とか騒がれるので写真が撮りにくい。もう10数年前の話だが、撮影会で新開発された海老名の駅周辺を写そうと訪れた。新装なった商店街でカメラを構えていたら、警備員が飛んできて「撮影はだめだ!」というのである。そんで何でダメなのか聞いたら、店のショーウインドーが写るからだというのである。
 なるほど、ショーウインドーはデザイナーの作品でもあるので、著作権があるのかも知れない。そこで私は、「新しくなった海老名の町を写しにきた。都市の時代と共に移り変わる様子を記録しているのだ。もし写真に写っていけない店があるなら、ブルーシートかシャッターで目隠ししてくれ!」と頼んだ。警備員はすごすごと立ち去った。
 また、観音崎に撮影に行ったときのことである。汀に幼児の履き物が散乱していた。察するに幼稚園の遠足なんだろうと思いながら、その情景を撮影していた。
 そこに先生に引率されて園児たちが帰って来た。先生は園児を並べて記念写真を撮り始めた。その情景にカメラを向けた途端。別の先生が飛んできて、「写してはダメです! 」と黄色い声で叫ばれた。
 理由を聞くと、肖像権が犯されるからだというのである。そこで私は言いました。「我々は脱ぎ捨てられた履き物に興味があって撮影していた。そこにあなた方が帰ってきて、並んで写真を撮り始めたんじゃないか。ここはあなた方が借り切っているプライベートビーチじゃないんだから、そんなところに並んじゃダメと、怒鳴りたいのはこっちなんだ」と。若い女の先生は不満そうな顔付きではあったが黙ってしまった。
 知り合いが、あるコンテストに写真を投稿したら入賞して、新聞に掲載された。本人は喜んでいたのも束の間、数日後にあるところから電話がかかってきて、「俺の店と看板が写っている。挨拶があっていいだろう」と凄まれたというのです。
 きっとコンテストで賞金をたんまりせしめたんだろうから、そのわけ前をよこせという魂胆だったんだろう。
こうなるともう「たかりの権利」を主張されているようなものである。
 写真は特別なものではない、目に見えたものは写るんです。ディスプレーの意匠を盗用する目的で撮影する、あるいは、誘拐目的で幼児を写した、または、その店を陥れるために撮った。ということでなければ、仮に裁判沙汰になっても負けることはありません。堂々と写真を写しましょうよ。
最初に撮った写真
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肖像権を侵したと叫ばれた写真
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by yumehaitatu | 2015-09-05 17:04 | やぶにらみ | Comments(0)