やぶにらみ論法53 堀田義夫   

岡目八目
「岡目八目」という四字熟語があります。「岡目」は、他人のしていることを、はたから見ていると冷静に観察できるので、ことの善し悪しや損得がよく見えて正確な判断ができる。「八目」は、他人の打っている碁をはたから見ている者は、対局者自身よりも勝負を冷静に見ることができるので、八目も先の手まで見通すことができるということを譬えているのです。
 写真の世界にも同じことが言えそうです。当研究会でも、もうすぐ恒例の「夢の配達人展」が始まります。そのために担当役員は「岡目八目」の利点を生かした「下見会」や「作品づくり相談会」といったことを企画しています。
 ところが、この「岡目八目」にも落とし穴があるのです。といいますのは、その「岡目」がすべて正しいわけではないからです。
 よく例会などで指導者が、「私だったら…」と作品についてのアドヴァイスで自分の考えを強要している光景に接します。このことは私が尊敬する最初に師事した田村栄先生の「指導者というものは、その人の、やる気を応援することである」という考えと大いに違うので違和感を感じてしまうのです。
 ところが趣味や道楽の世界には「教え魔」的な存在の人がいるもので、その教え魔は自分の経験値の枠組内か、あるいは、自分はこんなに知っているんだぞ!といった自己顕示の姿勢が目立ちます。
 相手が知ろうとすることより、自分が知っていることを押し付けるのです。こんな手合いに出会ったら災難だと思ってください。
また、教え魔の人は、聞く側が「あんたなんかに聞きたくない!」と思っているかも知れないと警戒すべきです。すなわち「聞く側が信頼を置いてくれるかどうか」岡目八目に自身を検証すべきです。   
そこで、岡目八目も当てにならないとしたら、自分の作品の良否の選択基準をどこにおくべきかを考える必要があります。そのために一般的によい作品と思われる評価基準を整理しました。
① 「どう撮りたいか!」「なにを伝えたいか?」という作者の心が読み取れるか?
②写された写真が単に現実のコピーではなく、
オリジナリティーに富んでいるか?
③ 多くの作品の中で存在感を維持する充実した技術力に裏付けされているか?
④ 新鮮さ、洗練さを印象づける努力がなされているか?
⑤ 巧いではなく、良い作品を心がける。すなわち「巧い」は外観的感覚、「良い」は内面的感覚。
 こうした判断基準を自問自答してみることです。そのことを習慣づければ、もうひとりの自分が育ち「岡目八目」的に冷静に作品を判断してくれると私は信じています。
 それでも迷ったら、尊敬する先輩や同僚に意見を求め、相談に乗って貰うといいでしょう。そうでないといつまでも「お任せ人生」から脱却できません。
   <傷 跡>
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by yumehaitatu | 2008-09-06 22:39 | やぶにらみ | Comments(0)

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