堀田義夫の「やぶにらみ論法」49   

 男と女
 この季節になると写真展は花盛り、4月は既に14の展覧会を見て歩きました。勉強になるものもあれば、時間と経費の無駄遣いだったと後悔するようなものもありました。そうした中で気がついたのですが、私の琴線に響いた作品の多くが女の人の作品だったことです。
 養老孟司さんは「養老訓」という本の中で、『講演会にやってくる高齢者の場合、女性はよく笑うが男性は笑わない人が多い。このことは、男は仕事を辞めるとやることがなくなる。現職時代は平坦な同じ硬さの道を歩いてきたからだ。ところが女の人の仕事、家事は死ぬまでついてきます。自然と身体や頭を使う。だから女の人はデコボコの硬さの違う道を歩んできたので、状況によって変革する力を持っている。』この違いだと説いています。
 また、ある人は、『男は過去を引きずって生きるが、女は未来を見つめて生きる。』といっていましたが、このことは、女は感覚的に男は概念的に物事を考えるということだろうと思うのです。
 感覚的思考というと、なんだかインスピレーションで考えるとか、直感的、思いつき、場当たり的といった軽い考え方のようですが、そうではなく表現者にとって、この感覚的ということが非常に大切だと私は思うのです。
 一方、概念的思考は人間が頭の中でこしらえたものをベースとした考え方です。つまり理屈が優先するのです。だから、作品に面白さが欠け説明的なものになりがちです。そのために写真的な技術力に優れてはいても表現力では劣ってしまうのでしょう。詩人の富岡多恵子氏によると、女の表現者は「アンドロジナス(両性具有)」である。
 すなわち女でありながら、男の眼を持ち、本来の女の目と両方の目で見ることが出来る。このことは男よりも表現者としては大変有利である。優れた女の表現者は、多かれ少なかれアンドロジナスであると論じ、ダイアン・アーバス(アメリカの女流写真家)論の中で女性表現者の優位性を説いています。
 いろいろのコンテストにしても、公募展でも入賞者の割合は「おとこ」のそれに比べれば「おんな」の入賞者の比率は非常に高いということを経験しています。
 写真なんてものは、うまくなる人は2~3年ですぐうまくなります。上手になる人は教わったことを素直によく聞き、理解して、いろいろ工夫しながら努力するからでしょう。PC分科会応用編でも、感覚的思考を優先させる女性の方が、概念的思考の理屈っぽい男性より面白い作品を作っているように思います。
 世の男どもは技術力を誇示した作品、理屈っぽい作品より、渡部義範さんや谷口勝太郎さんのように感覚的な思考を学習した作品作りをしないと、女性上位のこの傾向に歯止めはかからないと思うのですが、どうだろう。
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by yumehaitatu | 2008-05-03 23:01 | やぶにらみ | Comments(0)

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