堀田義夫の「やぶにらみ論法」(48)   

堀田義夫の「やぶにらみ論法」(48)
「常に一位を狙うことが上達への」
 最近の話題では、名古屋女子マラソンがありました。北京オリンピックに出場する選手選考を兼ねているということでいやが上にも盛り上がりを見せたのではないかと思います。ところが今回、北京オリンピック行きの切符はたった一枚、マスコミの報道では多くの人の関心と期待が高橋尚子選手に集まっているように報じていました。
 私は、Qちゃんこと、高橋尚子選手が優勝することはないだろうと秘かに思っていました。理由はありません。ただ、恩師小出監督の元から「自分流のトレーニングチームを作り、自分を育てていく」と宣言したときから直感的にそう思っただけです。 競技終了後のテレビのインタビューに「マラソンは孤独で過酷な競技です。だが、ひとりでは戦えません」と言葉少なく答えた小出監督の心の内が私には解るような気がしました。写真の世界でも、少し注目を浴びるようになると「自分流」「自立型」で消えていく人が多いからです。
 女子マラソンランナーといえば思い出すのが有森裕子さん。オリンピックで3位、銅メタルを獲得した人ですが、「入賞できたのは1等を狙って頑張ったからです。3等でもいいやと思って走ったら等外になったと思います」とインタビューで語っていましたが、これはまさに含蓄のある言葉だと思いますし、以来常に「一位を狙え」「存在感のある作品であれ」というのが私の信条になりました。だから周辺の人たちにも写真展やコンテストに応募するなら「一位を狙え!」と叱咤激励します。
 親しくしている写真仲間から、ある公募展に出品したいので作品を見てくれないかという相談を受けました。作品はさすがに公募展に出品しようと思うくらいですから大変優れたものでした。
拝見した作品に私の経験から気がついたことをいくつか指摘させて頂き、それがクリアーできればさらによくなるとアドヴァイスしておきました。
 数日後、「これならどうだ!」といわんばかりの再プリントを見せていただいた。正直、作品をよくするために努力したその執念には敬服しました。有森選手の言葉ではありませんが、写真展やコンテストに応募する場合も同じで、常に一等を狙って努力しなければ、佳作や入選すらおぼつきません。この仲間にそうした姿勢を読み取り嬉しく思いました。
 ですが、ここで誤解してはいけません。一位を狙うあまり、審査員や主催者の意に媚びるような作品を作ろうとしてはなりません。審査員の見識にもピン・キリです。またプロのように生活がかかっていて、いつもクライアントの顔色を見ながら仕事をしているわけではありません。 アマチュアですから、気に入った対象だけを選んで、自分の思うまま自由にシャッターがきれる。撮影は誰からも指図されないのです。王侯貴族のような気分で、自分の納得した作品を作ろうではありませんか。
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<冬の木立>

by yumehaitatu | 2008-04-06 17:52 | やぶにらみ | Comments(0)

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