堀田義夫の「やぶにらみ論法」(42)   

~ホントの写真好き?~
最近ある展覧会に出品した私の作品を見た写友から、「あんたの作品は画面にノイズが出ていた!」と指摘された。そして私が日頃使っているようなコンパクトカメラなんかでは作品はできっこないと切り捨てられた。
 その写友が言うには、撮像素子は最低APSサイズで画素数は1,000万画素以上、できればフルサイズ・800万画素以上でなければ駄目だというのである。伸ばしボケやノイズは写真における基本的ミスだというのである。
 だが、私はその忠告を素直に受け入れようとは思わない。なぜなら、私が「写友」と呼んだからといって、その人を「写真の仲間」として受け入れていないからだ。
 私の著書、写真三昧五十年に「アマチュア百態」という項目がある。そこに写真好きという人たちのタイプを記載した。
① 一つのテーマに取り組んで、出版や個展を開いて大向こうを呻らせようとする。
② コンテストや公募展に応募して、宝くじや馬券を買ったりするのと同じような射幸心とスリルを楽しむ。
③ 高級カメラを肩からぶら下げて、町中を歩くが一向に写真を撮らない。
④ カメラのメカニズムや周辺事情には明るく深い知識を持っているが、撮影した作品は、あまりうまくない。
⑤ 写真が好きで、カメラ雑誌・写真展・写真集をよく見ている。そのため批評眼に近いものは持っているが、自分の作品は見せたがらない。
⑥ 撮影会などには必ず参加して最前列に陣取り、「ハイ!目線をちょっとあげて!」などといっているが、そのくせシャッターを押さない。
⑦ 写真はあまりうまくないくせに、有名写真家や先輩、仲間を滅茶苦茶にけなす。
 以上のことは一昔前の話だが、最近では、これにデジタルフォトが加わったから問題はさらに広がりを見せている。すなわち
⑧ デジタルは「写真じゃない!」いろいろいじくれるから……
⑨ デジタルカメラは使うけど、画像処理はしないことにしている。
 もうこうした人たちに出会うと、「ほんとうにあんたは写真が好きなのか?」と聞きたくなってしまう。
 表現者としてデジタルであれ、アナログであれ、その機能を駆使して己の表現意欲を充足しようというのに、職人的視野で技術や経験に基づいて写真を見たり学んだり、通ぶったりしている写真好きのなんと多いことか。冒頭の「ノイズがでている!」という指摘も、ノイズがあったら駄目なのか?、ロパート・キャパは粒子は荒れ、ピントも崩れているけど名作がある。もちろん表層的な技術力、経験を否定しようとは思わないが、それよりも、伝えられた内容を読み取ることが大事だと思うのだが…… あなたはどう思う?

ロバート・キャパ<ノルマンディ上陸作戦>
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by yumehaitatu | 2007-10-09 20:23 | やぶにらみ | Comments(0)

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