堀田義夫のやぶにらみ論法 37   

写真馬鹿からの脱却
もう5年程前のことになるかと思いますが、あるバスツアーに参加した折りに山梨県甲府市にある昇仙峡・影絵美術館に立ち寄りました。世界最初の影絵美術館だとガイドの説明に、影絵といったって、たかが切り絵細工じゃないかと思いながら入場してびっくりしました。
 
わたしの脳細胞では「影絵」と「切り絵」の区別がついていなかったのです。黒い紙を切り抜いて後ろから光を当てる。といったくらいの知識しか持ち合わせていなかったのです。だからそのときの衝撃はいまでも鮮烈に思い起こせます。そのアーティストが藤城清治さんだったのです。

 いま横浜そごう美術館でその藤城清治さんの「光りと影の世界展」が開催さされているのを知って、ぜひ見なくてはと思って、数人の仲間を誘って行ってきました。そして再びそれらの作品から多くのことを学び取ることができました。

 まず驚くのは、今年83才になるというのにその仕事の若々しいことで、みじんも衰えを見せていません。我々みたいに加齢を理由に手抜きなどをしていないのです。縦9メートル、横18メートルといった大作も作っているのです。作品に2年の歳月をかけたり、花びらを6万枚も切り抜き使った片刃のカミソリは5万枚を超えるといいます。そうした意欲は見習わねばと思いました。
 
 アンセル・アダムスは、写真家がもし画家や彫刻家のように、1点の作品を生み出すために費やす時間の何分の一かでも作品制作のために時間費やすことを試みれば,写真の芸術としての格調はもっと期待できるはず!と述べていたが、いまの写真の現況は写して、選んで、ラボに頼んで,ハイ!それまでよ~、と植木等さんの歌った無責任時代という歌のような安直な図式が定着してしまった。そんなところから芸術作品は生まれはしない。藤城清治さんの作品に賭ける情熱の何分の一かでも、自分の作品制作のために情熱を傾けなければならないと人知れず決意した次第です。

 もう一つ、この展覧会の大きな示唆は、従来の影絵は白い紙に黒で画くか、切り抜いて貼っただけのものだったが、実際に光を当てて光りと影の階調をカメラで捉える手法を使っています。そのために100色以上のフィルターが使われるというのです。

 いまから50年前、絵画と写真をドッキングさせるという手法を編み出し成功したのです。4月の研究会において金城真喜子先生が作品制作のフロー(流れ)を解説されたが、その中で、単なる現実の説明をしようとしているのではありません。目に見えるものだけでなく、奥にある目に見えないものまで描写したいと語っておられましたが、そのことは藤城清治さんのアヴァンギャルドな精神性と相通じるものがあるように思います。

 アナログが写真の本道だとか、ピント、露出、トーン、構図、フィルム特性といったことにこだわる写真バカから脱却して、フレキシブルな発想でデジタルテクニックを荷担させた新しい作品を作ろうではありませんか。

by yumehaitatu | 2007-05-13 00:24 | やぶにらみ | Comments(0)

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