堀田 義夫の「やぶにらみ論法」(33)   

「を」でなく 「で」を撮る

 私事だが、気の合った仲間たちと「三浦半島ぶらり紀行」ということで、ここ数年、横須賀を中心とした三浦半島を撮影している。その横須賀が来年は市制100周年ということで、各種のイベントが催されるのに合わせ、仲間たちと語らい「リレー個展」を開くことにした。
 作品を発表しようとするには、なんとしてもしっかりした設計図が必要だ。簡単に言えば三浦半島を写してなにを伝え、なにを訴えたいかだ。
 「三浦半島を写す」のか「三浦半島で写す」のか「を」と「で」ではスタンスが大きく違う。
 「を」に軸足をかければ、三浦半島の紹介写真になってしまう。商業写真や報道写真なら、それでよいだろうが、それでは写真屋さんの仕事だ。
 「で」を撮れば、三浦半島を徘徊して「写真家の見たこと・感じたこと・思ったこと」という想いを込めたものとなり、結果として多くの人に伝わる写真になると考えた。だから仲間たちと「を」でなく「で」を撮ることを申し合わせた。
 ところが、仲間から注文をつけられた。「いつも見せてもらっている作品とは違う作品」を見せてくれというのである。このことは、いままで生業とはいわないまでも手慣れた写真は「もう見慣れていますから」といわれているようなものだ。自分では解らなかっただけで仲間はきっと飽きていたのだろう。
 そう気がつくと安易に作品を選択できなくなった。いままで写した写真を繰り返し繰り返し眺めては考え、考えては眺めていた。そうしている内に、デジタルフォトに親しんで15年、ひとつ自分の流れの中から、自分らしい作品を開き直って作ろうと決めた。
 「自分らしいとは?」と自問してみると、こんどは「自分」がなにをやりたいのか解らない。ただ、わたしは写真をやり、絵を描き、版画を彫り、陶器を焼いている。そうしたことをひっくるめた作品ができないだろうか? ということに思いついた。
 最初はそんな難しいことをできっこないと思いながらも、毎日パソコンの前に座っている内に自然とデジタルフォトの魅力にのめり込んでしまった。いままで十分知らなかったツールの特性や手法、フィルター効果。それらを使って「堀田義夫・絵写真の世界」をまとめる構想を得た。
 こうした経験から、まもなく開講される「PC分科会・応用編」で写真を撮るときは「を」ではなく「で」を撮る。撮った写真をどう見せるのか、見せたいのか、改めて仲間たちと勉強しようと強く思った。
 新春を迎え、加齢は侘びしいが「昨日よりは今日の方が経験を余計に積んでいるはず!」と思って今年も頑張りたい。

by yumehaitatu | 2007-01-06 22:21 | やぶにらみ | Comments(0)

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