堀田 義夫の「やぶにらみ論法」(29)   

~「座右の銘」で思うこと~
 手元のメモ帳の2月10日の項に、元プロ野球・巨人軍の監督であった藤田元司さんがなくなられたことが記されていた。「巨人・大鵬・卵焼き」時代に青春を過ごした筆者にとっては、さまざまな感慨が去来する。

 その藤田監督の「座右の銘」が山本五十六元帥の遺訓「やって見せ、言って聞かせて、させてみる、ほめてやらねば人は動かず」だったと報道されていたことがメモ帳に記載されていた。

 なぜこのことをメモ帳に残したかというと、わたしは写真のほかに趣味で油絵はS先生に、木版画をA先生について学んでいる。
 S先生は常に生徒と一緒に絵を描きながら、色の重ね効果や筆使い、描画技法などを見せてくれ、言って聞かせてくれる。

一方、A先生はご自分の作品はほとんど見せることをしない。生徒の作品を見ながら、「わたしだったらこうする」と先生の印象的感想を述べたり、本に書いてあるような観念的批評をする。指導者としては失格だなーと内心思っているが、一緒に学ぶ仲間たちに魅力があるので退会しないでいる。

 写真の世界にもこれに似たような話はたくさんある。わたしの周辺にも長い間、写真関係の仕事をしてきて、その経験からアマチュアの写真クラブを指導している人がいる。本人は「今更、デジタルフォトでもあるまいし」といった調子で、新しいメディアについて学ぼうとしない。それでいて聞きかじった知識でその場を繕っている。みっともない話だが、それが現実なのだ。

 絵画にしても版画でもそして書道や写真などのようにホビークラフト(趣味で行う工芸)の世界では、この「やって見せ、言って聞かせて、させてみる。ほめてやらねば人は動かず」といったことが実にぴったりした指導法ではないだろうか?と思ったので、メモして置いたのだろう。

 S先生は大変高名な方であり、わたしは尊敬している。その先生があるとき「完全な指導者は実は駄目なんだ。なぜかというとそれは指導者ではなく、支配者になってしまうからだ。むしろ、未完成な指導者ほど、未完成な人の立場に立てるから指導者として向いている。」と話されていた。

 この教えは長くわたしの脳裏に残っていて、実践することにしている。具体的には、一緒に撮影に行ったり、研究会に参加するときは必ず自分の作品を持参する。アシスタントにもこのことを実行させる。参考作品として見せようとするのではなく、裸の自分を見て貰うためだ。

 「PC分科会・応用編」でも「やって見せ、言って聞かせて、させてみる」を実行している。このことを理解する会員には好評である。 
 高邁な写真論も必要かも知れないが、本研究会はもっと泥臭く「共に育って行く」という「共育」の精神を大事にしたい。そして一番大事なことは「いい芽を持った新人を発見し、その作者の成長を見守る」雰囲気が醸成されるようになったらたらいいなーと思っている。

by yumehaitatu | 2006-09-21 21:34 | やぶにらみ | Comments(0)

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