やぶにらみ論法99「越智祥之 Final Shot」  堀田義夫   

やぶにらみ論法99「越智祥之 Final Shot」  堀田義夫

新しい年を迎えました。昨年を振り返ると8月には本研究会の2代目会長だった、越智祥之さんが黄泉の国に旅立たれたという悲しい思い出がありました。

平成16年でした「俺の夢を実現させたいので力を貸して欲しい」と彼と酒を飲みながら話したことがありました。即座に「あァいいでしょう、やりましょう」という返事が返ってきた。なんのために力を貸せと言ったのではないのに、そのときは失礼だが[軽い男]と思ったのです。

私は越智さんのマネージメント能力を高く評価して誘ったのです。後日、何で軽々しく私の誘いに乗ったのかを聞いてみたら、「夢を持ってそれをやろうとする、先生の姿勢に共感したから…」と答えてくれました。私は時代と共に歩む写真文化を望んでいたのです。その夢の第一弾として、ある有能な作家をゲットするように依頼したのですが、アタックした結果は不調に終わったという報告は受けました。

それは「一度声をかけてダメなものは無理に誘っても戦力にはならない!」と常に私が言っていたからその話は終わったものと思っていました。

そして3年。その作家が当研究会に入会するという話になりました。それは3年間その作家と個人的にネゴを取り、当研究会の活動情報を提供しながら、やっと口説き落としたらしいのです。その作家はいまでは当研究会では余人を持って代えがたい人財に育っています。撮影会・旅行・展覧会といった諸行事には、親身になって会員のために行動してくれました。だからいつも多くのファンに囲まれていました。

また歴史に深い関心や知識を持ち、私があるとき本で読んだ曖昧な記憶から[道元上人]と言ったことを聞きとがめ、[上人]というのは僧侶の敬称だが、[道元禅師]と呼ぶのが正しい。[禅師]の称号は禅僧が朝廷から賜る称号なのだと教えてくれたことがあります。

若い頃、自分を知識人に思わせるためにいろいろの本を読みあさり得た知識は、言ってみれば、銀行から大きな借金をするようなもので、決して自分の財産ではないということを知らされたのはこの越智さんの指摘からでした。そのときから私は借金人生から脱却することを心がけ、自分自身の財産を自分で作らなければならないことに気付きました。

私の仲間が今年2月に個展を開くつもりでいます。その人が自分の個展の一部の壁面を提供して越智さんの遺作をかざってあげたいという申し入れを受けました。その作家の越智さんへの想いや、熱意に押されて私もコンセプトの組み立てや作品の選択、プリントで協力することを約束させられました。

越智さんは写真界を生業の場として勤めを果たし、卒業後は人脈の広さ、万民から愛された面倒見の良さ、卓越したマネージメント能力で当研究会に大きな功績を残しました。写真文化をこよなく愛し、人生を写真で締めくくった感のある「越智祥之Final Shot」をいまは是非、皆さんに観ていただきたいという想いでいっぱいです。
      越智さん(平成18年)

f0018492_22572014.jpg


by yumehaitatu | 2017-01-07 22:58 | やぶにらみ | Comments(0)

<< 17年02月例会作品 17年01月例会作品 >>