堀田義夫の「やぶにらみ論法」 (96) 川柳に学ぶ    

 堀田義夫の「やぶにらみ論法」 (96)  

川柳に学ぶ 

 もうすぐ「夢配」が始まる。展覧会に出品するからには、「この人は過去と今年の作品ではどう進化しているのか、あるいは、どんなメッセージを発信しようとしているのか」という期待があるだろう。そんな思いが頭をかすめると、いい加減な作品は作れない。

 だからといって見る人を意識するあまり、鑑賞者に媚びた作品を創ろうというつもりはない。趣味・道楽は人のためにやるもんじゃなくて、自分の人生を豊かにしたいからだ。

 「夢配」の、フォト575には残念だか作品ができなかった。そこで気になる句を並べた。

“年とって 飲み込み悪い 喉と脳” は確実に進行中で、新しいことや食事が思うように飲み込めない現実に直面している。その575でいろいろ思いを巡らすと、

“生きざまは みんな違って 趣味の友” という川柳は、シニアの世界では過去に生きてきた知的財産を豊富にお持ちの人がいる。そうした人たちとの出逢いに感謝する句だ。

“年齢の 重ね方にも うまい下手” という句もある。趣味を持つ人と、一日中テレビを見て、暇をもてあそんでいる人では、大きな違いだ。趣味は人生を豊かにしてくれる。

“おやつほど 薬飲まされ カラ元氣” 透析で週三回病院に通い、食前食後に飲む薬の量に驚かされる。それでも写真を楽しんでいる仲間もいる。凄い生きざまと見習っている

“医薬より 元氣にさせる 褒め言葉” といった川柳もあったが、展覧会やグループの例会などで作品を発表した時の気持ちを詠っているようだ。私なども「お年に似合わず、作品はお若いですね」などといわれようものなら舞い上がってしまう。

“常識を 脇においとく 好奇心” など、私の作画姿勢に通じて好きな川柳だ。こうしたらいけないんじゃないか? 人がなんていうだろう? なんて考えなくていい。

“人間の 五感錆び付く IT化” インフォメーションテクノロジーが浸透し,感性の豊かな作品にお目にかかり難くなってきた。手段が目的になっている作品が多い。

“定年後 話し相手は 妻と医者” というのがある。 年をとってから一番の敵は、人と話し合う機会が減ることだろう。人と話し合うとき、脳は緊張し交戦状態になる。言い負かされないようにいろいろ思考をめぐらす。そうしたことによってボケを遅らせる効用があると私は思う。そうした意味では、

“輪の中の 笑顔に写真 やめられず” といった心境だ。そうした中でも気を遣っていることがある。

それは人様の作品から学ばされるているという自覚だ。

“前例が ないと新芽を 摘み取られ” といったことを警戒する。パスカルが言った「人は自分が理解できないものは、何でも否定したがる」 と。指導者側は新しい芽を見つけ、育てることが大事。

“どこ見ても 女ばかりの コミュニティー” ある美術団体の総会に出席したら、ひな壇に並んだ人は会長を除きみんな女性だった。改めて、女のパワーを知らされた。デジ研も女性の力をもっと活用したらどうだろう。

“ご高説 止めた子供の 大あくび”   あくびの出ないうちに筆を置くことにする。
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by yumehaitatu | 2016-07-02 16:51 | やぶにらみ | Comments(0)

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