堀田義夫のやぶにらみ論法 賞味期限 (93)   

堀田義夫のやぶにらみ論法 賞味期限 (93)

 新しい年を迎える度に、今年は、今年こそ!と思うが、今年はチョット違う。

 新年早々に似合う話題でないが、昨年12月に60年来の写友が他界した。大腿骨を骨折して入院したとは聞いていた。しかし無事退院することになり家族が呼ばれて、退院後のリハビリのメニューや介護要領を医師の説明を受けて、退院手続きを済ませたという。

 そのあといったん自宅に戻った家族に、病院からすぐ来るように連絡が入り、駆けつけると病人は既に意識不明だったという。そしてまもなく息を引き取った。死亡診断書には肺炎と書かれていたと言うのである。人生は一寸先は闇と言うが、まさにその通りだ。

 アマチュア写真界では要職を経てきた人なので、葬儀には写真関係者が大勢参列するかと思っていたがその期待は裏切られた。それはここ10数年、作家として目立った制作がなかったからなのかも知れない。そして考えた。

 卑近な例だが、渡邊澄晴先生は私より三歳年上だ。だから私は無意識のうちに渡邊先生を目標に、3年くらい先までの人生設計をしていた。また、先日富岡畦草先生に出逢ったら,「僕は90歳になったよ、あなたは大病されたので、どうかと案じていたが、元気な姿や、活動しているご様子から百歳まで大丈夫!」と励まされた。

 そうした周辺環境から,勝手に生まれてから死に至るまでの時間軸の中で、いま自分の佇んでいる位置がどこ? なんて思うのは、冒頭に書いた写友の死に直面して、傲慢だと気付かされた。このあと1分・1時間先のことだって解らないからだ。

 そうしたときに脳裏を横切ったのが、「明日死ぬかのように生きろ! 永遠に生きるかのように学べ!」というマハトマ・ガンジーや、「生きているうちに 働けるうちに 日が暮れぬうちに」と詠った相田みつをさん、「人間いつかは終わりが来る 前進しながら終わるんだ!」という坂村真民さん等の詩が思い起こされた。

 そうした折に、私の主宰する写真集団が毎年行っている一泊二日の忘年会を兼ねた撮影会でそうしたことが話題になった。

 明日は死んでも悔いを残さないように真剣に生きよう。もう歳だから今更……といった気持ちを持つのはやめて、未来永劫に生きられると思って学ぶ姿勢を!と誓い合った。

 あるいは、生きているからには,あそこが悪い、ここがダメ、といった言い訳を作らない。世の中には目が見えない、耳の聞こえない、あるいは手足が自由にならない人だっている、その人比べれば、写真という趣味を楽しめることに感謝しようと、両手足の自由を奪われた星野富弘・美術館に立ち寄り、凄い精神力で生みだされた作品に触れてきた。

 加齢と共に、何事をやるにも億劫になるが、人間いつかは終わりが来る 前進しながら終わるといった気持ちで、賞味期限切れにならない人生を送る努力をしようと誓い合った。
「戯れ」
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by yumehaitatu | 2016-01-09 17:00 | やぶにらみ | Comments(0)

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