写真雑学56 接写の友 1 渡辺澄晴   

ネイチャーフォト万能写真家 木原和人

久し振りに今年は蝉の羽化を撮ろうと思っていたが、なかなか事が運ばず撮影をあきらめた。その蝉の羽化といえば、木原和人を思いだす。彼は春夏秋冬の風景写真から野鳥、野生動物、花や昆虫の接写までこなしていたオールマイティー・ネイチャーフォト作家だった。しかし、その木原は1987年ガンで死去。40歳の若さでこの世を去ってしまった。彼は10年間のサラリーマン生活中、各種フォトコンテストに入賞および年度賞など多数。1976年会社を辞めプロに転向し、1977年ごろからカメラ雑誌などに写真と記事を連載していた。私もそのころカメラやレンズ、花や昆虫の接写のハウツー記事を載せていたので、お互いに名前は雑誌の記事を通じて知り合っていた。

19791026日、銀座の富士フォトサロンで木原和人写真展 「一滴の自然」という写真展が開かれた。オープニングの日、会場を訪ねた。その入り口に背の高いスリムなイケメンとがっちりとした大柄な男が立ってした。スリムな男が木原和人、大柄な男は昆虫写真家の栗林慧。「渡辺です」と挨拶すると、二人は「おー渡辺さん・・」と異口同音の挨拶がかえってきた。お互いにカメラ雑誌で名前は知り合っていただけなのに、まるで長年の友のような出会いだった。

栗林慧は郷里長崎に栗林写真研究所を設立。医療内視鏡を基に作った自家製のレンズで「昆虫の目」で見た風景を再現したり、昆虫の飛ぶ姿をセンサーで捉えたユニークな昆虫写真などの功績により伊奈信男賞、日本写真協会賞ほか2008年に紫綬褒章を受章し長崎県平戸市の名誉市民になっている。

プロに転向した木原和人は、「自然とのふれあい」「光と影の季節」「光と風の季節」など写真展を通じ発表。写真集には、「てんとうむし」「みずのかたち」「こうげんのはな」「すながに」などの児童向けの写真集や「光と風の季節」「接写のフルコース」など華麗な豪華本も出版していた。その木原から「渡辺さん 蝉の羽化を撮りにきませんか・・」

という誘いの電話があった。「撮影は夜半になるので僕の家に泊まってというありがたい誘いだった。ちょうど「接写の技法」という本を執筆中だったので作例には願ってもない話しだと思い、誘いに甘えることにした。2日後千葉の稲毛駅で落ち合った。彼がランドクルーザーに乗って迎えてくれ、そのまま撮影地の梨畑へ向かった。撮影が始まり陽がとっぷり暮れたころ、ここの農園の主人がおにぎりとお茶を持ってやってきた。「俺は木原さんの写真が好きでねー。先日てんとう虫の本を孫に持ってきてくれたんだ・・」「てんとう虫は、アブラムシや貝殻虫など食べる益虫なんだが、中には野菜を食べる害虫もいる。そのてんとう虫は星が九つあって・・」と、木原が解説てくれた。蝉を撮りに来て思わぬてんとう虫の講義をうけた。撮影が終わりその日は彼の家でお世話になった。奥さんが夜食を用意していてくれていた。その夜食を食べながらカメラやレンズの話し、写真界や子供の事など、2人で夜明けまで語りあった。(文中名敬称略)

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by yumehaitatu | 2015-10-03 19:07 | 写真雑学 | Comments(0)

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