やぶにらみ論法88 普通に生きろ 堀田義夫   

やぶにらみ論法    普通に生きろ      堀田 義夫

昨年他界した著名な人の中に、米倉斉加年さんという俳優がいる。あるときのインタビューで、彼は師匠だった宇野重吉さんから常々教えられたことは、【普通に生きろ】ということだったと語っていた。

 【普通】というのは、普通人・普通郵便・普通課程・・普通自動車etcといったように特別ではない。

 私は展覧会を見に行って、批評じみたことや、先輩面をしてものをいうことをしない。そして会場を後にするときは、“大変勉強になりました。ありがとうございました”と言って辞することにしていた。仮に自分で思うことがあっても、相手に不愉快な思いをさせることもないからだ。

 だが、考えてみるとこれは普通じゃなくて、問題を回避する方便であり、自分をよい子に仕立て、嫌われることは避けようという気持ちが働くからだろう。

 過日、写真の仲間たちとの会合で、参加者の一人が、45年前頃、カメラ雑誌に寄稿していた私の表現手法についての技法解説や作品が掲載されている雑誌を持ってきて、話題にされた。

 それを見た別の人が、この頃の作品はいい。だが、いまの作品はあまりよくない。なぜなら、フォトショップの機能に振り回されている感が強い。レタッチのテクニックで出逢った効果に依存しすぎているからだ。と手厳しかった。

 私自身が表現技術の未熟さから、フォトショップの機能の呪縛から逃れ切れず、技法がイメージに先行して、そうした印象を与えているのであろう。

 イメージに技法が従属することが好ましいのだが、残念ながら、力及ばないところを見抜かれて指摘を受けたと思い、ありがたい指摘だと受け止めた。

 人は当たり前のことを当たり前に言わないで、とかく相手にとって聞き心地のいいことだけを話したがる。だが、この人は【普通】のことをいっているのである。前出の「大変勉強になりました。ありがとうございます」と言って辞する私の態度は欺瞞に満ちたものだと大いに反省させられた。

 だが、そこに同席していた人たちからは、「あいつは生意気な奴!!」と顰蹙を買う羽目になって、【普通】に生きるということには、かなり度胸がいることだと思った。

 このことは普通に生きることの1例に過ぎない。私は食事の時の飲み込みの悪さ、痛み、食後の腹痛などで苦しんでいる。だから俺は病人なんだと思うのだが、いまの俺にとってそれが普通なんだと思うようにすれば毎日経験するこの苦しみから解放される。

 声は出る、耳は聞こえる、目は見える、歩くことだってできる、そうしたことができない人だっていることを思えば、現状を【普通】と考え感謝しなければならないと思うのだ。

 先月、仲間たち8人で秋田・靑森に34日の撮影に行った。食事は普通の人の3分の1

くらいしか食べられないのに、撮影時の歩行数では1番か2番目という快挙で仲間たちを驚かせた。カメラを持ったら【普通】になれることを実感している。

 宇野重吉さんが、愛弟子の米倉斉加年さんに伝えた【普通に生きろ】という教えの深さを改めて実感し、これからも【普通】を心がけて実行したいと考えている。

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by yumehaitatu | 2015-03-07 21:55 | やぶにらみ

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