写真雑学50 吹き上げの自然 渡辺澄晴   

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吉岡専造氏 その2
昭和55年(1980年)5月末、朝日新聞社から、ずっしり重い荷物が我が家に届いた。送り主は吉岡専造さんからだった。昭和天皇、皇后両陛下が日常ご起居になっている吹上御所のお庭、吹上げ御苑を吉岡さんが7年の歳月を費やしとらえたサイン入りの写真集である。B4判布装美麗函入り、オールカラー176ページ。宮内庁長官、侍従長、侍従次長、等々の序文。和文・英文の写真解説が60ページ、重量4kの豪華版である。「いろいろ撮影の協力有難う・・・」という手紙も添えてあった。
写真集の[あとがき]には、「宮内庁の嘱託を受け、両陛下のお写真を撮影することになった。まず、撮影場所をどこにするかを決めるために、宮殿や吹上御所を案内していただいた。それは昭和46年5月末のことである。吹上御苑もその時はじめて拝見した。手入れの行き届いた宮殿のお庭とまったく違った情景の印象は強烈だった。・・・膝まで延びた草むらからいきなりキジが飛び出たり、四季のうつりかわりに、種々の野草が花をつけるさまには”陛下と野鳥の合作”で出来た自然がある。私は吹上げ御苑の巧まざる風情のなかに、陛下のお人柄を感じることがしばしばであった。・・・そしてそのありのままの姿を撮影しはじめたのは、翌47年からである。・・・自然が作り出す吹上げ御苑の美しさはいつも新鮮であり、いくら写しても撮りきれない。いつの間にか7年も経ってしまった。この度、おゆるしを得ていままで撮影したフイルムの中から390枚を選び『吹上げの自然』として上梓することになった。」
吹上げには桜の数だけでも20数種類もある。見たこともない草花。一つ一つの植物、昆虫、野鳥には専門家が解説。江戸城以来の古い庭、深い森、武蔵野のあるがままの自然が美しく息づく吹上げ御苑の四季を記録した、御苑の自然図鑑ともいえる豪華写真集である。
吉岡さんは政治家など人物を撮る技芸はたけているが、自然の草木、とくに草花の接写では私が先輩。度々写した作品を持って私の勤務する丸の内の本社へ謙虚に尋ね、花の接写や昆虫の写し方、レンズの選択などを聞きにきた。とくに白い花の『白』には拘りがあった。そして撮影から7年、素晴らしい写真集が編纂された。
蛍を撮りたい
ある日、吉岡さんが「吹上げの蛍を撮ったが・・」と、写真を持ってきた。見せてくれた写真は昼間のようで、夜の様相ではなかった。その写真を見て都会での蛍の撮影は無理だと私は思った。夜の蛍を撮るには、先ず皇居の街灯をけすこと。仮に消せても、どんよりした低い曇り日だと日比谷や銀座の灯りが雲に反射して暗黒にはならない。月の無い快晴で周囲の灯りを消すことなど不可能。だと思っていたら、さすが吉岡さん!やまぶき流れのゲンジ蛍が1点載っていた。
JAF(自動車連盟)
新聞社を辞めてからも、吉岡さんは忙しかった。「きみは酒を飲まないからこの仕事の良さは分かるまい。こんないい仕事はないよ。」JAFの会報を見せながら私への第一声だった。車の助手席に座り、全国の道をたずね、その土地の酒を飲み、美味いものを食べ、温泉に浸かる。たしかにこんな美味しい仕事はない。まさに写真家冥利に尽きる話だが、そんな話し誰にも来るものではない。昭和天皇に好かれ、吉田茂元首相に信頼された、おごらず謙虚な『吉岡専造』という人柄に魅されたからである。

by yumehaitatu | 2014-10-04 17:00 | 写真雑学 | Comments(0)

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