堀田義夫「やぶにらみ論法」(80) 【気づき・気づかせる】   

登山家の今井淳子さんは「登山の楽しさは仲間と一緒 に登るから楽しい。特に価値観が同じ人だと更に楽しい」 と本に書いている。
今井さんが言うように作画の研究会も同じだ。同じ趣味の 人が集まり、話し合うことで、刺激を分かち合えるから 楽しい。しかし、そこに価値観の異なる人が混じると、 そうはいかない。
ある作画研究会での話題。「○○君,このポールは避けて 写すとよかったんじゃない」と提案したら作者が「その ポールに関心があって、モチーフに選んだんだ」という 答えが返ってきた。居合わせた仲間たちとの価値観が あまりにもかけ離れていたので、その場の空気は一瞬、 白けてしまった。このことは、作者と鑑賞者の間の価値観の 違いだ。価値観の違う話題は平行線をたどるだけ、大人 の論理として、正邪を糺そうとすると感情的なもつれが 発生するのを知っているから、話題はそこで打ち切れた。 こうしたケースは良くあることだ。
そのための対処方として、わたしは、プロ野球の優勝 請負人と謳われた名監督・野村克也さんの選手を 3 段階 で評価する方法を思い起こした。すなわち「無視・賞賛・ 非難」である。
野村監督が語る「無視」とは、『全国から集まってくる プロを志す選手は,人と比べようのない能力を持った人 たちである。本人たちもそのことを自認している。しか し、プロの世界は競争が激しい。そこで生き残るために 監督は、選手のいいところに気づいて、その長所をいか に伸ばすかということを考えてアドヴァイスする。そし て本人自身に気づかせ実行させることを考える。だが、 自分の技量を過信する選手はなかなか、そのアドヴァイスを 受け入れたがらない。
本人が、やる気を起こさないなら、無駄なことはしない方がいい。だからそうした選手は無視する』というのである。もっともなことである。
わたし自身,最近ある展覧会に出品するために出品作の 候補を仲間たちに見てもらった。これはいままでの わたしの習性でもある。それは、どの作品にも自分の 思い入れがあって、自分で自分の作品を選びきれない からそうしているのである。
わたしは写真で最も大切で、最も難しいと思っている ことは、カメラの操作でもプリントの技術でもない。
『写真的にものを見る』ことだと思っている。そうして 作り上げられた作品に客観的な説得力を持たせるため の工夫を心掛けている。その工夫の仕方を仲間たちの 目から見て、いいか、悪いか、悪いとしたら、どうす ればよかったかを気づかせて貰うためなのである。
その席である仲間が、「俺はここの処理がチョッと 気になるなー」と言ってくれた。非常に嬉しかった。 なぜかというと、自分でも気になっていたのである。 しかし苦心してやっとその不具合を解決したつもりで いたが、あと一息の努力を惜しみ、妥協していたことを 見抜かれ指摘されたからである。そのように気づかせ てくれる仲間がいることに感謝している。
<いのち尽きて>
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by yumehaitatu | 2013-11-02 18:37 | やぶにらみ | Comments(0)

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