「やぶにらみ論法」(25)   

堀田 義夫の「やぶにらみ論法」(25)

~「本気」に応える~
 わが家は次男夫婦に孫二人の6人家族。その孫が高校に入学したのを機会に家族で北陸地方の旅行を計画し実行した。
 早春の北陸はまだ旅行シーズンには早かったが、金沢在住の写真家が我々一行のために、曹洞宗の大本山・永平寺の見学や奇岩怪石のそそり立つ  東尋坊。義経伝説の残る能登金剛や輪島の朝市、輪島塗工房の見学。また加賀懐石料理の賞味。  城下町金沢市内や兼六公園といった名所案内を つとめてくれて大変充実した旅行だった。だから家族に対して心の内では得意だった。
 ところが帰宅して家人に感想を求めたところ、   若夫婦は「まあまあでしたね」と、せっかく親父が  やってくれたのだから、ちょっと有り難がっておこうといった程度の感想。
 主役の孫は「疲れた!だったら現ナマで貰った  方が良かった!」と本音。小学3年生の孫だけは 「珍しいものをたくさん見れたし、美味しいものも   食べられたり、おじいちゃん、また連れててってね」と嬉しがった。
 こうした感想に接して「みんなが喜ぶだろうから旅行に連れていこう」と思った結果は、単に自分の満足感を充足させているだけだったと気づいた。以来、家族が「本気になって旅行に行きたいと言わなければ  行かない!」ということに決めた。このことは写真にも通じる。相手が興味を持たないのに、自分の知っていることを押しつけても、それは自身の満足感を充足させているだけ、相手にとっては迷惑なことであったり無駄なことである。
 いま当研究会では「PC分科会」で『基礎編』   『応用編』を開講している。文字が示すとおり基礎編はデジタル処理を行うに当たっての基礎的に必要な知識を習得することを目的としている。
 しかし『応用編』は前述のわたしの体験した北陸 旅行ではないが、「みんなが喜ぶだろうから応用編をやってやる」というのではなく、「本気になって、作品作りの共育の場にしたい」そんな雰囲気を期待して いた。その教室での一こま。
 A会員はフィルターのメニューを探っていたら  「墨絵」というのがあった。そこで「あの作品を墨絵のように加工できたら……」と思いついた。だがどう  やっていいのかわからない。いろいろトライするの  だがいい方法が見つからなかった。
 それを見ていたB会員が「レイヤーを複製して、ぼかしをかけて云々……」とアドバイスしていた。それをヒントにA会員は墨絵風の見事な作品を作り上げた。
 わたしはB会員に聞いた。「よくそんな手の内を  簡単に明かしたね」と。するとB会員は「本気になって作品を作ろうとしている人には本気に応えなくてはね」という答えが返ってきた。
 デジタルによる画像処理の方法に正解があるわけではない。基礎編をマスターしたら後はその知識をいかに自分の知恵として活用するかが問題である。  そのヒントをお互いに与え合いながら、応用編教室が「共育」を実践している情景に接して嬉しかった。

by yumehaitatu | 2006-05-06 22:09 | やぶにらみ | Comments(0)

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