写真雑学43 出会い 渡辺澄晴   

写真雑学43 出会い

一触即発
 1962年9月15日、この日は私がニューヨークの現地法人に赴任した日であり、33歳の誕生日でもあった。赴任して間もない10月22日に当時のケネディ大統領が全世界に向け、ソ連がキューバにミサイル基地を建設中であることを公表し、「キューバに武器を搬入する船舶には断固たる措置をとる」と声明。米ソ一触即発の危機に全世界が緊張した。この重大ニュースはその日の夜、私もテレビで見ていたが、幼児が大人の話を聞いているようなもので話しの内容は分からなかった。が、大統領の深刻な顔、そして話しの中で「キューバ」「ソビエト」という国名が何度となくでてきたことから、ただならぬ事態であることは、おおよそ察しがついた。この事件はソ連のフルシチョフ首相がミサイル基地の撤去に同意、一触即発の危機は回避させたが、もし米ソが激突したら核戦争に・・ぞっとする事件だった。
素晴らしい出会い
 年が明け、ひょんな事から下宿の近くに住む彫刻家の斉藤誠治夫妻との交際がはじまった。東京藝術大学を卒業してから、しばらくしてニューヨークに来たという。下宿から歩いて10分ぐらいのところだったので、時おり夫妻の家を訪ねた。夫妻はいつも笑顔で迎えてくれ、ご馳走してくれた。いつしか「ナベさん」「誠治さん」夫人を「クニさん」と呼び合うようになっていた。アトリエで彼の作品と情熱的な制作態度を見ているうちに、ニューヨークに滞在中「俺も何かまとまったものを残そう」と写真への情熱が湧いてきた。余暇をカメラで「創る・残す」ということを教えてもらった素晴らしい出会いだった。
郷に入っては郷に従え
 斉藤氏の助言を受け週末にそのワシントン広場に通うようになっていた。「ワシントン広場の夜が更けて」は、すでに日本でもこの唄が流行していた。「この唄に乗ろう」既に心はこの場の虜になっていた。奇抜なスタイルをした若者、奇妙なカフェや商店街、どれもこれも私には珍しいものばかりだった。広場の中央にある噴水池には思い思いの楽器を持った若者たちが三々五々と集まり、歌い踊り合唱・合奏していた。、長い髪をたらした女、あごひげのボヘミアン、ここは自由な時間、自由な思想とあらゆる人種が集まる人種無差別の集合場所で、同性愛発祥の地ともいわれていた。
 月曜日から金曜日までは、服装は背広に派手なネクタイ、中折帽子というスタイルだったが、週末は一変した。この地の若者と接するには先ず服装からと、頭を洗いボサボサのヘアースタイルにジーパン姿で通うことにした。「郷に入っては郷に従え」の処世の法に従ったのである。
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by yumehaitatu | 2013-08-03 22:59 | 写真雑学 | Comments(0)

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