堀田義夫「やぶにらみ論法」(78) 奇跡を生む資格を取得   

堀田義夫の「やぶにらみ論法」(78)

奇跡を生む資格を取得   
 最近、アドベンチャースキーヤーの三浦雄一郎さんが80才を超えてエベレストに登頂したニュースに接して、その自らの可能性を追求する姿勢に感動した。
 また、当会顧問の渡邊澄晴先生も5月に20㎏に及ぶ撮影機材を担いでニューヨークに取材に行かれた。このことにも驚いた。
 私も先月、田崎龍一・西垣憲明・大嶋丁未子・堀井裕子さんら写友と山形・秋田の県境にある鳥海山周辺の撮影に行った。
 田崎さんのお骨折りで遊佐町の観光協会の職員が終日撮影地の案内をしてくれた。夜は役所の企画課・教育委員会・観光協会・ハンガリー友好協会山形県支部事務局長など多くの方と会食し歓談する機会も得た。その際、当日の撮影を案内してくれた観光協会の職員が私の年齢を知って、とても信じられないと大変驚いていた。
 こうしたことを考えると、人間の脳細胞には80才を超えて何か行動を起こすと、人に感動を与えたり、行動力に対する驚き、尊敬するという図式が組み込まれているように思える。
 もしそうだとすれば、80才という年齢に達すると、何をやっても奇跡を生む年代ということになる。言い換えると「奇跡を生む資格を取得」したということのようだ。
 ところで、シニアエージにとって写真という文化は親しみやすいせいか、多くの仲間に恵まれるが、長寿社会になった現在ではその幅は広い。定年を迎えシニアエージの仲間入りしても、60代はどうして良いか中々馴染めない。いってみればシニア「年少組」である。周辺に気を遣いながら見よう見まねでシニア生活に溶け込んでいく時期だ。
 70代は「年中組」に成長に、年少組の面倒をみる立場になる。やがて80代になると卒業{終末活動期}の道を歩むようになる。
 そうした考え方が一般的図式だろうが、私は、冒頭に掲げた三浦雄一郎さんの「自らの可能性を追い続けようとする生きざま」を見習いたい。あるいは、詩人の坂村真民さんに「人間いつかは終わりが来る 前進しながら終わるのだ」という作品があるように、理想としてはそうでありたい。と思っている。
 ところで三浦雄一郎さんの登頂の第一声は、「私が登ったのではない、サポーターの人たちの力が、私を登らせてくれたのだ」と聞いて、周辺の人たちへの感謝の気持ちを表したその言葉にまた感動した。
 渡邊澄晴先生も「かつての友人がニューヨークで活動していて、私の渡米のサポーターをしてくれるというから、50年ぶりの取材の決心がついた」と語っておられるが、まさにその通りで、奇跡を生む資格を得たからといって、自分一人の力では何も出来ない。
 私も今回の鳥海山周辺の撮影では前出のサポーターたちの励ましで実現したと思って、感謝している。ただ、「奇跡を生む資格取得者」という免許証には、権限・権力の行使権は付与されていない。だからシニアエージでは70代すなわち、「年中組」がいちばん威張ってすべてを取り仕切らねばならないのである。
<遊佐海岸16羅漢>
f0018492_22465652.jpg

  

by yumehaitatu | 2013-07-06 22:07 | やぶにらみ | Comments(0)

<< 2013年8月 玉手箱 13年7月例会作品 >>