写真雑学42 ニューヨーク一人旅 渡辺澄晴   

宣言
行くか行くまいか?ためらっていたニューヨーク行きがついに実現した。半世紀50年という節目のいいニューヨークの取材は数年まえから心に決めていた。だが、ここへ来て決断できなかったのは、昨年の夏に路上を歩いていて信号を急いで渡る折、右足の筋を切るという怪我をしたからである。医師からは「運動不足」が原因だといわれた。「もし外国でこんな怪我でもしたら・・」そんな不安が頭を過ぎったのである。しかし、どうしても行きたい気持ちはそれ以上に強かった。そのためには体力をつけることだ。「年寄りの冷や水」と冷やかされながらも、自宅駅の近くにあるスポーツジムにトレーニングに通うことにした。そして昨年9月、新宿シリウスで2012フォトドリーム展のオプニングパーテーの際、乾杯に先立って「来年は50年目のニューヨークを撮りに行く、その写真展もやりたい、・・」と、皆さんの前で宣言し後戻りできないようにプレッシャーをかけた。出発は5月9日。ボストンマラソン中、爆発事件が起きた25日後である。
行きはよいよい
成田空港を発って13時間、無事ケネディー空港に到着、いよいよ入国手続き。持参荷物はメインカメラ、サブカメラ、友人に寄贈するカメラ、特別使用のミラーレスカメラ計4台とパソコン、ハードディスク、それぞれのバッテリーチャージャー、コード類等。それらがリユックにギッシリ詰まっていた。これが一人旅の辛さだ。ボストンであんな事件のあった後である。「検査は厳しいのでは」孤立無援の緊張の瞬間であった。パスポートと入国書類を係官に手渡すと、2つの荷物に目も触れず。「OK」の一言、入国手続きは気抜けのするほどあっけなく終わった。そして出国ロビーで現地滞在の写真家・棚井文雄氏の迎いを受けた。
帰りは厳しい検査
滞在期間中は初夏、初冬、夕立と写真日和に恵まれ、撮影は順調に終わりいよいよ帰国。棚井氏とは空港ロビーで別れ、再び一人旅になった。入国があっさりしていたので出国はもっと簡単と思っていたが、出国検査はなぜか厳しかった。帽子、上着、履いていた靴、ズボンのベルトとポケットの物を全部箱に入れ手荷物と一緒にベルトの上に乗せさせられた。問題はリックの中身だった。係官はカメラ、レンズを箱に並べ、その箱を持って奥に消えたのである。カメラ没収なんて事は先ずあるわけはないが、もしそうならば、せめてデーターを入力したパソコンとハードデスクだけでも返してほしい。そんな事を考えたほどの不安と緊張の時間だった。もちろん荷物はすべて戻ったが、なぜ奥に持っていったのか、理由は定かでない。

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by yumehaitatu | 2013-06-01 20:49 | 写真雑学 | Comments(0)

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