写真雑学37 方向音痴 渡辺澄晴   

個性で走る日曜ドライバー
1978 年7 月、梅雨晴れの週明け出社してから間もなく、
日本経済新聞社文化部の婦人記者から「三本先生(三本和彦・モータージャーナリスト、写真家)から伺ったのですが、車のことで面白いお話しを聞かせて頂けるようなので・・・」と、取材の申し入れの電話があった。その日の午後、水色のT シャツの似合うクールビス・スタイルの婦人記者が訪ねて来ました。近くの喫茶店に行き、コーヒーを飲みながら、1 時間程取材をうけました。この彼女との一問一答は、6 日後の日曜日、朝刊の全国版に”個性で走る日曜ドライバー”という見出しで掲載されました。

その内容は、『・・・・・渡辺澄晴さんが車のハンドルを握るようになって、二年とはたっていない。十四、五年前、教習所の指導員の態度に腹を立て「金輪際、車なんかに乗るものか」と、心に決めたものの、花や昆虫、風景を写真撮るために遠出するようになると、不便をかこち始めた。汽車やバスの時間を気にしながらでは落ち着かないし、カメラやレンズの重さもこたえるようになったからだ。
そこで再び挑戦した結果、今度は首尾よく免許を手にいれた。この報を聞いて驚いたのは会社の人々。なにしろ渡辺さんの方向音痴は社内でも有名で・・・・運転するようになっても残念ながら方向音痴は一向によくならず、目的地の逆方向に走るくらいは毎度のこと。・・・自宅のある保土ヶ谷から横浜駅まではすんなり行けるが、逆の横浜駅から保土ヶ谷間はなぜか引っかかる。二十分とかからないところが一時間もかかり、しまいには「オマエ、いったいどこへ行くつもりだ。オレたちウチに帰るんだよ」と意のままにならない愛車に言い聞かせる始末だ。』

・・・栃木の山奥に迷い込んで山犬に取り囲まれ、肝を冷やしたり、・・・道順を聞いても分からないので、土地の人に最寄の国道まで先導してもらったこともある。こんなわけだから「ちょっとドライブでも」と声をかけても、渡辺さんの車に乗る人はめったにいない。ただ道に迷ったおかげで、思わぬ被写体にめぐり合うチャンスもある。
ところが、せっかくみつけた穴場だからもう一度とは思っても、同じ場所に行き着いたためしはないが、内心はこの迷走がまた楽しいらしい。
【昭和53 年(1978 年)7 月9 日 日曜日の日経朝刊の記事から】

そのころカーナビがあったなら「目的地までご案内します」「交通規制に従って運転してください」「およそ1000 メートルを左です」「この先の信号を左です」「間もなく目的地です」【お疲れさまでした」。まるで助手席に若い女性を乗せて走っているようだ。こんな装置が今ではポケットに入れ携帯できるようになりました。【方向音痴】という言葉はやがて死語になってしまうのでは・・。
とはいっても、「右だ!左だ!」「オマエの教え方が悪いんだ・・・!」「しっかり地図をみとれよ!」など、責任をなすり合い喧嘩をしながらの、アナログ運転も、懐かしい思いでとして、フイルムカメラの時代とともにいつまでも楽しく語りついでいきたいと思います。
日本経済新聞社の記事を添付します
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by yumehaitatu | 2012-08-05 10:03 | 写真雑学 | Comments(0)

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