やぶにらみ論法66 堀田義夫   

堀田義夫の「やぶにらみ論法」

知的資産整理の勧め

外山滋比古さんの「人生二毛作」のすすめという本に、中年からの読書で、新たな感動や刺激を求めても、それはたんなる暇つぶしで終わってしまいかねません。新たな本より過去に自分を揺るがすような知的体験を与えてくれた本を、読み直した方が有効で,そういう本をたまに開いて、しばらく読んでは「思考に遊び」時を置いて、また読んで「思考を深める」。味読と独自思考を繰り返すことが,大きな利益をもたらすと書いています。

 私たちは,少しでもいい作品が作りたいと、新らしい知識や感動や刺激を求めて,努力しようというのに,それを「たんなる暇つぶし……」とは、きつい言い回しです。そこで,私は,自分の作画や撮影態度に照らし合わせて考えてみました。
 新たな感動や刺激を求めて撮影に出かけます。そうして撮った写真を整理するわけですが,若いころと違って整理が追いつきません。そうこうしているうちに次の撮影で、また新しい感動や刺激を求めた写真が追加されます。
 ですから十分にイメージを熟成させる、言い換えると「思考に遊び、思考を深める」といった余裕などありません。まして,一度作品を発表したら、それで、すべてが終わり! そんな繰り返しですから、作品制作が観念的だったり、惰性的に作品化が図られていたのではないかと……

そこで、今年から「思考に遊び、思考を深める」ことを実行するために、過去の作品や資料を整理しようと思い立ちました。その結果、私なりに大きな収穫を得ることができました。
すなわち,過去の作品は画像処理に対する技術の未熟さ,機器類やソフトの性能といった面で,納得しないまま妥協してしまった作品もありました。そうした作品に再び手を入れ,完成度を高めることができたものもあります。また、自分が、ハッと思って写した写真ですから、その時点では作品化しなくても、後日、容易に見ることができるようにしておかないといけません。
ところが実際に作業して、フィルムやメディア、それに関係する資料が、どこのファイルに保存したのかわからない。これには困りました。
 遠い昔,先輩から「伸ばしたフィルムがどこへ行ったか分からない,というようではとうてい写真の上達は望めない」と教えられてきたけれど,いま改めて「思考に遊び、思考を深める」ことを志すなら,自分の知的体験である資料を,いかに使い勝手よく整理することが大切であるかを実感し,いま懸命にその整理に取り組んでいるところです。
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by yumehaitatu | 2011-07-10 20:00 | やぶにらみ | Comments(0)

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