やぶにらみ論法65 堀田義夫   

師との出会い
 鎌倉時代の僧,親鸞聖人は「正師を得ざれば,学ばざるにしかず」といっています。すなわち、いい加減な先生について学ぶくらいなら,むしろ学ばない方がいい。というのです。
 同じようなことを,某カメラ雑誌の記事で見つけました。
 「素人写真の世界は,自称プロの多い世界です。ダメな指導者について3年習うのであれば,有能な指導者を3年かけて探す方が上達の近道です」と書かれていたのです。
 そこで私自身はどうかと振り返ってみました。昭和23年(1948年)東横線の元住吉駅と武蔵小杉駅の間に「工業都市」という駅がありました。そのガード下に小さな写真屋さんがあって,店主は懸賞写真でかなり稼いでいたそうです。
 その人が中心になって写真クラブを作ることになり、指導者として田村栄先生をお呼びすることになりました。これが私のスタートで,最初の師匠との出会いでありました。
 3年後,すなわち昭和26年に田村先生のご都合で、伊藤蒼海先生と変わられた。ですから二番目のお師匠さんが伊藤蒼海先生です。
それから6年後,昭和32年(1957年)に東京写真研究会の赤穂英一先生にも教えを請うようになりました。 この三人のお師匠さんとの出会いが後に,私の写真の考え方に大きな示唆を与えてくれたと思います。
 最初の田村栄先生は
 「私は評論家じゃない。皆さんの作画についての助言者です。私は助言するとき,作者がいちばん見たかったものは何か?その見たものを,他者に伝えるための工夫がよかったか,悪かったか,もし悪かったら何をどうすればよかったかを見抜いて助言することが私の役目です」と。
 二番目の師匠・伊藤蒼海先生は
 「教師なし・先輩あり・教習なし・研究あり」ということを実践させられました。
 すなわち,ここには先生はいない!みんなが先生でなければならない。しかしそれではまとまりがつかないから先輩は先輩として敬意を払おう。また,教えてもらえるなんてことを期待してはいけない。
自分で考えろ! そうして,みんなが育とう。と常に言っておられました。
 三番目の赤穂英一先生は
 「指導者は,理屈や技術を教えることじゃない。理屈は本を読めば理解できる。技術は長く経験を積めば解決する。大事なことは,その人の持っている人と違った感性を見いだし,育てることだ」と常に口になされておられました。
 そうしたお師匠さん方から学んだことを私は実践してきました。そして,後輩に伝えてきたつもりです。親鸞聖人の「正師を得ざれば……」というお言葉は全くその通りだと思います。私はこのようによいお師匠さんに出会えたことに深く感謝しています。
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by yumehaitatu | 2011-05-08 18:26 | やぶにらみ | Comments(0)

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