やぶにらみ論法61 写真を10倍楽しむ 堀田義夫   

 ピアノを楽しもうとする人は、まずピアノが弾けないと何も始まらない。また、絵を描く人も、スケッチやデッサンを勉強する。そうしたことを先生について学ぶとしても、すべては自分の手で技術を身につけることから始まるのです。

 ところが写真はというと、よい被写体に巡りあい、シャッターを切ったら、「ハイ!それまでーョー」だ。言い替えれば、作品をつくるということをラボに任せっぱなしだった。写真のいちばん楽しさのある部分を、お金を払って人任せにしていたのです。

 かつて写真を趣味とした人は、シャッターを押して、現像や焼き付け、引き伸ばしといった暗室作業は自分がやっていた。たとえば、現像液には色々の処方があって、ネガを軟調に、あるいはコントラストを強くするために、薬品の調合を工夫したりしていた。暗室で現像液に浸した印画紙に画像が現れ始めたときは、言葉にならないくらい感動的なものだった。

 現像温度にしても20℃±1℃という基準値はあるが、視覚効果や自分のイメージに仕上げるために、意図的に現像温度を変更して、粗粒子現像やハードコントラスト、縮緬じわ、といった技法を駆使したりしていた。だから作品には、人それぞれの個性が滲み出ていたと思う。
ところが、ラボにそのカテゴリーが奪われ、均質化した写真しか目にしないようになると、写真なんてものはちっとも魅力がなくなり、多くのクリエーターたちから見放され、侮蔑の目で見られるようになる。

 そうした流れの中から、デジタルフォトの台頭を見たことにわたしは大きな期待を持ったのです。
 デジタルフォトは飛躍的にその表現領域を広げてくれました。こんな便利なメディアを使わない手はないと、デジタルフォトに関心を持ち1992年頃から手を染めたのです。新しいメディア(表現媒体)を使って作品を生み出す作業には、多少の困難がつきまとい努力も要求される。

 しかし、ピアノを楽しみたい人はピアノを弾けなければならないように、デジタルフォトを楽しむためには、デジタルの画像処理の基本をマスターすることが必要だ。だが、ルールに従って「基本」をマスターすれば、デジタルフォトは簡単に楽しめることを知った。
そしてデジタルフォトの普及・啓蒙に努めるため、当研究会を立ち上げたのです。

 ところで、あなたは、いままで、写した写真と出来上がった写真があまりにも違うと思ったり、あぁ~自分は、写真が下手なんだなぁ~と思ったりしたことはありませんか?
 わたしは、それは思い違いだと思うのです。原因は、人任せだったからです。すなわち写す人とその想いを込めるプリント作業をする人が別々だったからです。
 写真は「よく写っている!」それだけでは意味はありません。いまは、露出もピントもカメラがやってくれます。道具に頼って五感を退化させてしまってはいないだろうか。
 アナログ時代よりも表現領域が拡大されたデジタルフォトになじみ、そのテクニックを学び、自分の想いを込めた作品作りのためのプリントを手がけることで、表現という楽しさを知り、写真の面白さが実感できて、いままでより写真を10倍も20倍も楽しむことが出来ると私は思うのです。
 そのお手伝いを当研究会の基礎講座や応用講座が応援しています。
   <北の大地>
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by yumehaitatu | 2010-09-05 00:26 | やぶにらみ | Comments(0)

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