写真雑学 先駆け・魁 渡辺澄春   

どちらが先でも  法人化の縺れから同志とともに日本写真家協会(JPS)と分かれ、日本写真作家協会(JPA)を立ち上げ22年。この度この協会は、一般社団法人日本写真作家協会(JPA)として新たに発足することになりました。全国組織の生みの苦しみ、育てる難しさを味わった一人として感慨は無量です。さて、そのJPAですが、『「JPA」というネーミングは俺が考えたのだよ!』と、自慢げに言うのが複数人います。日本写真家協会はJPS《Japan Photographers Society》の略称です。ならば日本写真作家協会は、(協会)Societyと同じ意味をもつAssociation(協会)になるのは誰でも思いつくことで、どちらが先でも自慢するほどのものではないのですが・・。
苦肉の策が先駆け  前回に引き続き話しは40年前に戻ります。そのころ仕事で度々新潟に出かけていました。行けば必ず立ち寄るのがこの地の写真家羽賀康夫氏のスタジオでした。その羽賀さんから「写真展を開きたいので・・」と、相談を受けました。モノクロで写した白鳥の作品でした。二科展・富士フォトコンテスト・ニッコールクラブ等の大賞や、各誌カメラ雑誌の年度賞など総なめにした人だけにその作品はさすがに素晴らしいものでした。が、モノクロで写した白鳥の写真展は既に何人もの人が開いている。二番煎じ、三番煎じとなると、見る人の目は厳しい。やるとなるとかなりのインパクトのある作品が求められる。幸いまだカラーの白鳥写真展は見ていない。しかし、この時代はまだモノクロの全盛期。無理だと思いながら「カラーはないか?」と聞いてみると、意外にも「ある」と言う答えが返ってきました。
困った時のひらめき  後日、見せられたのがナチュラルなカラーの白鳥写真でなく、モノクロで写した既存の写真をカラーに仕立てた作品でした。(写真参照)今ではこの程度の加工処理ならば簡単なことですが、羽賀さんの制作プロセスは、カラーセロハン紙を使い分け自家現像での暗室作業です。パソコン画面で作品の出来具合を確認しながら創る、デジタルとは手間も時間も比較にならない気が遠くなるようなアナログ作業だったのです。1年後、銀座のニコンサロンで、ファンタスティクな手作りの創作作品70数点が白鳥のファンタジーというテーマで開催され大きな話題になりました。毎日新聞社から『瓢湖の白鳥』という豪華な写真集も出版、新潟県芸術選奨にも選ばれました。
羽賀氏は「あの時、渡辺さんにカラーはないの?と、言われなければこの作品は生まれなかった」と後述していますが、モノクロばかり見ていれば、カラーが見たくなるのは誰の考えも同じと思います。不用意に「ある」いってしまった羽賀康夫氏の苦肉の策、つまり、困ったときのひらめきが、この高度なレタッチ作品を生んだのです。
f0018492_23402675.jpg

by yumehaitatu | 2010-06-05 23:37 | 写真雑学 | Comments(0)

<< 輪廻 高橋礼子 化身 高張一司 >>